第21話

「こらっ、竜二! またお客さんに迷惑かけて! いい加減にしな!」


 少し前の、幼女で陽気な奥さんとは違い、そこそこ恰幅の良い女性で、その手にはハリセンではなく新聞紙を丸めたものを持っていた。


「ってーな、何すんだよ、お袋!」

「何すんだよじゃないだろ、このバカ息子! アンタのせいで、お客さんもバイトの人も困ってるんだよ!」


 見ると、女性の胸元には店長と書かれたプレートがつけられていて、どうやらこの本屋は、この金髪青年の親が経営する店のようだ。


「毎度毎度、アイドル誌の前に立つお客さんにちょっかい出すのは止めろって言ってるだろ!」

「んだよ……別にいいじゃんか。ただの布教活動なんだしよぉ」

「何が布教活動だい。そんなことしてる暇あったら、さっさと店の掃除と品出しをしな! しなきゃ家から追い出すよ!」

「わ、わーったよ! やればいいんだろ、やればぁ!」 


 さすが母は強しということか。あれだけ煮え滾っていたアイドル熱が急速に冷えたように、しょんぼりとした卍原が店の奥へと消えて行った。


「息子がごめんなさいね、迷惑かけて」

「ああ、いえいえ、こちらもどの雑誌を買うか迷っていたので、どちらかというと助かりました」


 俺は、彼が勧めていた本を手に取る。


「そうかい? あんな息子でも役に立ったのなら良かったよ。でも、本当にその本でいいのかい?」

「はい。彼のアイドルへの熱は本物のようでしたので」


 俺はレジへと向かい、ちゃんと金を払って購入した。

 そしてそのまま店から出ると……。


「……ちょいちょい」


 入口の左手に立てられた看板に隠れながら、俺に向かって声をかける人物がいた。そこいたのは卍原で、よそよそしい様子で手招きしている。


「……はぁ。そんなことしてると、また怒られるんじゃないのか?」


 つい呆れた声が出てしまった。


「いいんだよ。それで? 俺のオススメ本を買ったのか?」

「ああ、ほら」

「おお! やっぱお前、話が分かる奴だな! よし、今日からお前もドルオタ同志だ!」


 勝手に同志に引き込まないでもらいたい。まあこれからどうなるかは分からないのは確かだが。


「ていうかそれを聞くためだけにここで待ってたのか?」

「おっと、そうだった。ほれ、これ」


 そう言って手渡してきたのは紙袋だ。

 中を見ると、どうやらアイドル雑誌のよう。


「『マイ・アイドル!』のバックナンバーだよ。良かったら、読んでくれ」

「いいのか? ちゃんと金なら払うぞ?」

「いいっていいって。これでアイドルを好きになってくれんならオールオッケーだ! つか、絶対好きになれ!」

「強制かよ。まあ……ありがたく読ませてもらうわ」


 せっかくの厚意だから受け取っておく。

 そこへ、店の中から店長の怒号が響く。どうやら卍原を読んでいるようだ。逃げたことに気づいたご様子。


「げげっ、じゃ、じゃあ俺は行くわ! 何かアイドルのことについて聞きたくなったらまた来いよな!」


 そう言い残すと、彼は店から逃げるようにして去って行った。


「……ありゃ捕まったら説教どころじゃないだろうな」


 肩を竦めると、青年が去って行った方向とは逆へ歩き出す。

 思った以上の荷物になったので、まずはこれをどうにかしたい。


 細い路地へと入り、そこに人気がないことを確かめると、左目を閉じ、右目だけで手に持っていた紙袋を見つめる。

 すると、右の黒目に赤い渦巻き状の線が浮かび上がった。その直後、ほんの一瞬で、紙袋が右目に吸い込まれて消失したのである。


 その後は元の黒目に戻り、軽く溜息を吐いた。

 これは勇者としての能力というよりは、ユミリティアに与えられた、いわゆる『造物主の加護』の力によるもの。


 その名を――『次界じかいひとみ』。


 この瞳の奥には別の異空間が存在し、任意でその場へ転送することも、この場へ送還することも可能なのである。

 ゲームなどで例えるならば、アイテムボックスが瞳になっていると思ってもらうといいだろう。


 向こうの世界では、この瞳の力は大いに役立ってくれた。何せ、武器や武具、アイテムや食料などを収納することができるのだ。手ぶらなので旅が本当に楽だった。

 それにこっちに戻ってきてからも、身体能力より、この瞳が使えることの方が嬉しかった。何せ、この瞳の中には、異世界でしか手に入らないものが収納されているし、こうして荷物を楽に持ち運べるのだから最高だ。


 こっちの世界に戻ってきた際に、偽装工作として小屋を建てたのも、元々向こうで収納していた小屋をそのまま出しただけだった。

 とはいっても、どこにでもあるような小屋とは違い、異世界のアイテムなどは、当然こっちの世界では未知のオーパーツでしかないので、おいそれと使うことはできないが。


 何も考えなければ、向こうでしか手に入らない貴金属とか売れば大儲けできるのだろうが、俺には商才はないし、後がどうなるか怖いので、その選択は選べなかった。

 やはりできるだけ、こっちのルールに従って、真っ当に金を稼いだ方が健全だと思うくらいには、まだ俺はまともなのだろう。


「んーまだ時間はあるなぁ」


 時計を見るが、まだまだアイドルたちのレッスンが終わるまでは時間がある。


「ちょっと早いけど、頼まれてたものを買って一度事務所に戻るか」


 実は、社長に買い出しを頼まれていたのである。

 別に急ぎではなかったが、時間も余ったので、近くにある商店街の方をブラブラとしながら買い出しをしようと思い歩き出した。


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