第24話

「――ほれ、これなら食えるか?」


 事務所へ戻った俺は、手にしていたものをしるしへと差し出した。

 それを見たしるしは、今度は不思議そうに首を傾ける。


 俺の手には一本の棒が握られていて、その棒の先には桃の形をした物体が突き刺さっていた。ただ普通の桃の色ではなく、周りは雪化粧したかのように白い。そしてその物体からは冷気が漏れている。


「いいから食ってみな、美味いから」

「ん……もらう」


 手に取ったしるしは、それが冷たいものだということに気づいたのか、興味津々といった感じで見つめている。

 そのまま少し恐る恐るといった感じで、可愛らしい舌をペロリと出し舐めた。


 すると――。


「――っ!?」


 それまで無表情だった彼女だが、まるでこれまでにない衝撃を感じたかのような顔をしたかと思ったら、今度はかぶりと噛み、そのあとにまた驚いたような面相を見せた。


「どうだ、しるし?」

「これ……おいしい」

「あはは、そっかそっか。そりゃ良かったよ」


 それからはまさに夢中といった感じで、しるしはそれにかぶりついている。

 そんな彼女の姿が珍しいのか、他の人たちもキョトンとなって見守っていたが、堪らずといった様子で月丘が尋ねてきた。


「えーっと……あれ何ですか? アイス……ですよね?」

「あー……まあ、あとで食べようって思って車の中に置いておいたんだ」

「何かちょっとキラキラ光ってるみたいに見えるんですけど、あんなアイスどこに売ってたんですか?」

「へ? それは……」


 マズイ。これは売り物ではないのだ。

 実はこのアイス。恐らく……いや、間違いなく地球には存在しない食べ物である。


 名称を――《スノーピーチ》といって、異世界に存在する、ある極寒の地でしか採取できない果物の一種。

 味は桃を幾つも凝縮させたような甘味があり、程よい酸味も持ち合わせ、冷たくシャキシャキとした食感が特徴的。また果実の表面と漂う冷気がキラキラと輝いている。


 ただそれだけなら高級で上質な桃を凍らせただけの食べ物だと思うが、さすがは異世界の食べ物なのか、栄養価が非常に高く、コレ一個で成人男性が一日に必要な栄養を補うことができる万能食物なのである。


 さらにキラキラと輝いているのは、光を反射しているのではなく、自らが淡く発光しているからだ。

 この実が成る樹木は、険しい雪山の頂にしか生えていないので入手が難しく稀少価値が高い。


 俺自身、コレさえあれば手軽に栄養が取れるし、旅にも大いに役立ってくれると思い、結果的に採取に成功したが、それまでの道のりはかなり辛苦だった。

 何よりマイナス五十度以上の環境であり、凶悪なモンスターに、止むことのない大吹雪。さらには樹木は雪の中に埋もれているから掘り出さないといけないという無茶ぶり。


 だが手に入れた価値は十二分にあった。コレ一つでひと財産築けたし、旅中でも栄養不足に陥ることもなかった。

 だからこれなら、レッスンで消費した体力や、栄養も十分に補えるからもってこいだと思ったのである。


「…………俺が作ったんだよ」

「ド、ドライバーさんの手作りアイスなんですか!?」


 月丘の大きめの言葉に、しるし以外が気になった様子で俺を見てくる。


「アンタ、こんなもの作れるくらい料理上手いの?」


 そう問いかけてきたのは空宮だ。


「ま、まあ一人暮らしだし自炊はある程度な」

「ある程度って……アイスを手作りなんてあまりしないと思うけど?」


 確かに空宮の言う通り、普通に自炊をするという人でも、あまりアイス作りをしているとは聞いたことがない。やればできるだろうが、あの大きさのものを好んではしないかもしれない。


「いやぁ、俺もアイス好きでな。たまに作ったりするんだよ。今日は熱かったからな。造って車に設置されてるクーラーボックスに入れておいたんだ」


 そろそろ言い訳がしんどくなってきたから、ここらで話題を切り替えたいところだ。


「ふぅん、しるしがあんなにも食いつくなんて……ちょっと興味が湧いたわ。もう一つないの?」

「悪いな、空宮さん。俺の分しか用意してなかったんだよ」


 すると、その言い分を聞いてか、しるしの動きがピタリと止まって俺を見上げてきた。


「コレ……ロクの?」

「え? ああ……気にしなくてもいいよ」

「……ほんと?」

「しるしが美味しそうに食べてくれるなら俺も嬉しいしな」


 ていうかそのために、わざわざ『次界の瞳』から出したのだから満足してもらわないと困る。


「……ん、ロク……ありがと」


 その瞬間、確かにしるしが笑った気がした。他の人たちは気づいていない様子だったが。

 しかし今はまた、元の表情に戻って一心不乱に《スノーピーチ》を食べている。


 そこへ今度は社長が近づいてきて声をかけてきた。


「ごめんねぇ、六道くん。しるしちゃんがアイス好きってこと教えるの忘れてたよぉ。それに冷凍庫に常備してたアイスも切らしてたから、ほんとーに助かったわぁ」

「いえいえ、お役に立ったならそれで問題なしですよ」

「んふふ~、君はほんとーに良い子に育ったねぇ」


 褒めてくれるのは嬉しいが、「エライエライ」と頭を撫でてくるのはちょっと気恥ずかしい。そういう年頃でもないし、何せ他の連中にもしっかり見られているのだから。

 そうして仕事場での初の昼食タイムが、滞りなく過ごすことができたのであった。



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