第58話

 俺が突然現れた原賀に驚いて固まっていると、原賀の視線が真っ直ぐ少女に向かっていることに気づく。そして――。


「――あ、プロデューサー? どうしてここに?」


 少女の口からさらに愕然とする言葉が発せられた。

 コイツがプロデューサーだって……知ってる?


「昨日に言っておいただろう。日曜ライブについて話すことがあると」

「あ、もうそんな時間ですか? ごめんなさい!」 


 日曜のライブだって? じゃあこの子……!?


「ったく、しっかりしてくれ。わざわざ俺の手を煩わせないでもらいたいもんだね」

「ご、ごめんなさい……」


 時間に遅れそうになるのはいけないことだが、言い方というものがあるだろう。相手は年下なのだから、もう少し気遣ってやればいいのに。

 叱られてシュンとなる少女のもとへ駆けつけた氷華が、彼女の前に立って原賀に対して睨みつけている。


「おねえちゃん、いじめちゃダメなのっ!」


 どうやら氷華は、姉を守るために出てきたらしい。本当に良い子だ。

 そんな子供の勇ましい姿を見て、俺は微笑ましいものを感じたが、原賀は面倒そうに舌打ちをして目線を切る。それと同時に、そこでようやく俺の姿を捉えた。


「おや、君は?」


 ああ、覚えてないか。まあ話したといってもスマホ越しではあったし、【クオンモール】での初対面も彼の記憶には残っていないのだろう。


「……こんなところで再びあなたに会うなんて思わなかったですよ」


 そう言いながらベンチから立つ。


「ん? その声……どこかで」

「分かりませんか? つい最近、宣戦布告した間柄でもあるんですけどね」

「つい最近…………! そうか、例のドライバーかい?」


 どうやらやっと気づいたようだ。


「なるほど。僕の後任が、こんな冴えない男だとはねぇ。相変わらず絵仏社長は見る目が無い」

「それはあなたという最低な人間のことを見抜けなかったことを言ってるんですか?」

「はは、言うじゃないか。実績もない、ただのドライバーふぜいが」

「ただのドライバーでも、やれることはあるさ」

「そうかいそうかい。ま、好きにやればいいよ。どうせ、現実を突きつけられて絶望するのはそっちだろうからねぇ」


 俺と原賀のただならぬやり取りを見て、少女と氷華は困惑している。特に、少女の方が黙っていられなかったのか、俺たちの間に割って入ってきた。


「え、えっと……プロデューサー、この人とお知り合いなんですか?」

「その様子だと、互いに互いのことを知らずに接していたようだね。これは何という偶然か。なかなか愉快なことだよ」


 一人だけどこか楽しそうだが、理由も分からない少女は益々戸惑いの表情を濃くしている。


「まあ、ちょうどいい。次のライブに出る我が期待のルーキ―を紹介しておこうか。おい、そいつにアイドルとして自己紹介するんだ」

「え? 今、ここで……ですか?」

「僕の命令に不満でもあると?」

「い、いえ! 分かりました!」


 少女は返事をすると、傍に氷華を置きながらも、俺と対面するようにして立った。

 そして、おもむろに野球帽と黒ぶち目眼を外す。


 パサッと帽子の中に隠れていた髪が大きく靡く。また眼鏡の奥に隠れていた大きな瞳が俺を見据える。同時に彼女の表情がキリッと引き締まった。

 その顔を見て、俺は思わず息を呑んだ。


「名乗るのが遅れました。私は、【スターキャッスル】所属のアイドルユニット――【ブルーアステル】のリーダーを務させて頂いています銀堂雪華です!」


 ポスターに映っていた少女が今、俺の目前に立っている。

 雰囲気が先ほどの地味にも思えた少女とはまるで違う。纏うオーラに輝きが満ち、微笑を浮かべる彼女の姿に思わず見惚れてしまった。


 この子が……銀堂雪華だったのか……っ!?


 通りでどこかで見た覚えがあったわけだ。しかしまさか、こんなところで会うなんて想像もしていなかったから、今でもどこか信じられない。


「この子が、ウチが今優先して推しているアイドルユニットのリーダーだよ。他の二人も、この子には劣るものの、高い才を持つ連中だ。君らのとこのアイドルとは違ってね」


 よくもまあこんなに堂々と他社のアイドルを見下せるものだ。


「あ、あの、もしかしてあなたもアイドル事務所で働いてるんですか?」


 興味を持ったのか、雪華が聞いてきたので「まあね」と短く答えた。


「銀堂、次のライブイベントの後半の部で、拙い歌と踊りを披露する予定の事務所のドライバーさ」


 拙い……もういっそのこと、ここで顔面を殴ってやろうか?


 ついつい拳に力が入ってしまうが、さすがに暴力沙汰はマズイので我慢する。


「ドライバー……さん? そうだったんですね! 何かこれってすっごく運命的! あのあの、良ければ名前を教えてもらってもいいですか!」


 対して、雪華からは一欠けらも悪意は感じない。むしろ好意的にさえ思うほどに純粋だ。


「銀堂、たかがドライバーの名を聞いてどうする。それよりもさっさと向こうに置いてる車に乗るんだ」

「え、でも……」

「……命令だ」

「っ……分かりました。行こっか、氷華」


 氷華の手をキュッと繋いだ雪華が、申し訳なさそうに俺に会釈をすると、そのままその場を去って行った。


「……ずいぶんと冷たい対応ですね。もう少し優しい接し方を覚えた方が良いですよ」

「忠告ありがとう。だが僕には僕のやり方があってね。優しくするだけじゃ、年頃の小娘なんて調子に乗るだけなんだよ」

「そんなんじゃ、人を育てられませんよ」

「君に何が分かるのかね? アイドルを育てた経験もないだろう? 僕は大手のプロデューサー。あまり上からものを語らない方が良い。恥ずかしい思いをするだけだよ」

「……どうやらあなたには何を言っても無駄なようですね。ま、分かってたけど」


 あの電話での会話と、夕羽たちへの対応で十分すぎるほど冷酷な奴だと分かっていた。


「上しか見ていない奴は、いつか絶対に失敗する。それを覚えておいた方が良いですよ」


 俺は勇者としての最後の助言として言を発したが、原賀は鼻で笑うと、もう語る必要もないと言わんばかりに背中を向けた。

 だがこれだけはもう一度伝えておきたい。


「夕羽は……【マジカルアワー】のアイドルたちは……あなたなんかに潰せないですよ」

「……へぇ」

「日曜のライブイベントは成功間違いなしなんで」

「それは浅ましい希望かい? それとも無謀な足掻きかな? 弱小事務所のアイドルライブなんて失敗が普通だ。何の根拠で成功などとほざくんだい?」


 真っ直ぐ、俺は揺るがない眼差しでもって宣言する。


「彼女たちには勇者がついてるんでね」


 そう、何があってもこの俺が成功に導いてみせる。


「……ふざけたことを。なら好きなだけ足掻けばいい。いや、足掻けられるんならなぁ」


 それだけを言い残すと、原賀はもう振り返ることなく公園から出て行った。





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