第57話
全身全霊でもって、何とか誤解を解くべき声を張り上げた結果……。
「……やっぱり変質者?」
少女は呟きながら、スマホを耳に当てた。
…………あれぇ?
何故か少女の警戒度はさらに高まり、俺が絶体絶命のピンチに陥っていた。
ど、どうする!? な、何か誤解を解く方法は……っ!? お、落ち着け! いつだって窮地を切り抜けてきただろ、大枝六道!
必死で思考を巡らせているが、思い浮かんでくるのは、モンスターに囲まれた時や、悪党の罠に嵌められた時、ラスボスに追い込まれた時など、異世界ファンタジー特有な事例しか経験にはなかった。
ちくしょうっ! こ、こういう時、どうすればいいんだよ! 教えてくれ鈴音ぁぁぁっ!
ずば抜けたコミュニケーション能力を有する妹の名を心の中で叫ぶものの、当然返答などなく、俺はますますあたふたしてしまう。
そんな人生の岐路に立たされている時に、俺を救ってくれたのは――。
「もう! おねえちゃん! そのおにいちゃんは、わるいひとじゃないよぉ!」
少女の背後で庇われていた幼女……いや、氷華だった。
「え? ひょ、氷華?」
「ほらみて、これまじかるチョココ! おにいちゃんがつくってくれたの!」
「……いや、気になってはいたけど…………確かにチョココよね。それに……カカさんもいて……何かよく分からない塔もあるけど。……これ、あなたが?」
「ま、まあね。その子が泣いてたから、喜んでもらおうと」
「……ホントなの、氷華?」
「うん! おにいちゃん、いいひとだよぉ!」
満面の笑みで答える氷華を見て、まだ幾分か怪訝な表情ではあるものの、スマホで通報は中止してくれたようだ。
「……ん? 泣いてた? 今、この子が泣いてたって言いましたか?」
「あ、うん。そうそう、そのことで言っておきたいことがあったんだ。こんな幼い子を一人で、公園に放置なんてダメだぞ?」
「っ…………氷華、どうして泣いてたの?」
その問いに対し、思い出したのか、氷華が悲しそうに目を伏せながら言う。
「だって……おねえちゃんがいつまでたっても……もどってこないもん」
「!? ……ごめんね、氷華」
少女が氷華をギュッと抱きしめる。不安そうだった氷華も、姉の温もりに安心感を覚えたのか、「えへへ」と笑みを零していた。
まあ、保護者が来たのなら、もう俺は必要ないだろう。
「じゃあ、俺はここで」
俺が去ろうとすると、「待ってください!」と制止をかけられた。
「えっと……何かな?」
もしかしてまだ事情聴取をするつもりかと構えてしまうが……。
「ごめんなさいっ!」
「……え? あ、いや、別に謝らなくてもいいって!」
「でも、変質者だなんて言ったし……」
「いやまあ、状況が状況だったし、俺の言い方も悪かったからな。疑うのも無理はない。けど分かってくれたならそれでいいから」
「……はい。それと……この子の傍にいてもらってありがとうございました」
「別に大したことはしてないよ。大人として、泣いている子供を放ってはおけなかっただけだし。けど、もうダメだぞ、その子を一人にしちゃ。特に今のご時世じゃ、な」
「すみません。あ、あの、お詫びとお礼に、何かさせてもらえませんか?」
「いやいや、いいっていいって。本当にたまたま通りかかっただけだし」
これでも勇者として、異世界ではほとんど見返りなどないボランティアで働いていた時と比べると、この程度何でもない。むしろ子供の無邪気さに触れられて癒しになったくらいだ。
「あ、あの! じゃあせめてこれ! 飲みませんか?」
そう言って彼女が、肩から下げているバッグから取り出してきたのは、一本のペットボトルだった。どうやら中身はスポーツドリンクのようだが。
「あー、ひょーちゃんものむのぉ!」
「はいはい、分かってるから。そのために買いに行ったんだし」
バッグからココアのパックを取り出して、氷華に手渡した。
「……! もしかしてその飲み物を買いに離れてたのか?」
「え? ああ、はい。近くに自動販売機があるので、そこまで。すぐ帰って来られると思って離れたんですけど、その……言い訳になっちゃうんですが……」
聞けば、自動販売機の調子が悪かったようで、千円札を入れても、なかなか反応してくれなかったらしい。何度も試して、ようやく変えたのだが、予定以上に時間を取られてしまったというわけである。
まあそれでも、俺としては一緒に買いに行くべきだと思うが、彼女も反省しているようで、今後は絶対に離れないと言ってくれたので、もうこれ以上追及するつもりはない。
また差し出されるペットボトルも、引っ込めそうにないので、せっかくだからと受け取ることにした。ちょうど冷や汗もかいたし、叫んだことで喉が渇いていたこともあり、一口飲んでみると、ついついそのまま半分ほど一気に胃の中へと流し込んでしまった。
ただまあ……少し気まずさもある。何せ今、俺はベンチに座っていて、少し離れた場所に、少女が座っているのだ。しかも何故かチラチラとこちらを見ている。
いやいや、俺なんか見てないで、砂場で俺の傑作を触りながらはしゃいでいる氷華に注目したげて。
「……それにしても凄いですね」
いきなり声をかけられたので過敏に反応してしまい、「す、凄い? 俺が?」と早口で言ってしまった。
「だって、あんな凄いものを……芸術としか思えなくて。しかも私がここを離れてた時間なんて、三分ほどなのに……」
どうやら俺のやり過ぎた感のある作品に関してだったようだ。
「あー……昔から手先は器用なんだ。工作とか粘土細工とか得意だったし」
「羨ましいです。私……折り紙で鶴すら折れないんで」
「はは、面白いジョークじゃないか…………って、マジで?」
彼女の顔を見ると、かなり落ち込んでいたので、嘘や冗談ではないことを知る。
「私が折ると、どうしてか……破けたり、違うものができたりして……」
なるほど。意外に不器用なようだ。しかも絶望的なまでに。
「……今、不器用って思いましたよね?」
鋭い。ジト目で睨みつけてきたので、思わず顔を逸らしてしまった。
「あ、でも歌とかダンスは得意なんですよ!」
へぇ、まるでアイドルみたいだな。
「あと、野球観戦が大好きです!」
「お~、その被ってる野球帽は趣味だったのな」
「はい! たまに草野球とかしますよ! 気持ち良いんですよねぇ、こうバットでスカーンと打った時なんて快感ものです!」
先ほどまで警戒していたのが嘘のような笑顔を見せてくれる。野球について語る彼女の表情はキラキラと輝いていた。余程好きなんだろう。
そういえばと、彼女の横顔を再度確認するが、かなり整っているように見える。
ていうか、この子……どっかで見た気がするんだけどな……。
ただ俺の周りに眼鏡女子はいないし、野球帽を被って外出するようなサバサバ系女子の心当たりもない。
けれど、最初は物凄く居心地が悪かったが、こうして話していると楽しささえ感じる。それはきっとこの子が持つ空気感がそうさせるのだろう。これは持って生まれたものだ。
そんな穏やかな空気を切り裂くような野太い声が響く。
「――――――探したぞ」
俺の耳朶を打ったその声音の持ち主は、まったく想定外の人物だった。
何でこんなとこにいやがる――――――原賀馬玄!
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