第93話

「苦手……というわけではないわ。ただ……私が話しかけようとすると、いつも怯えているように見えるから」


 夕羽は可愛いというよりは、凛とした綺麗系の美人。そのクールな佇まいが人気のモデルとして売り出されていた。女性として憧れる人もいるだろうが、逆に少し怖いという印象を持つ人もいる。小稲は多分後者だ。


(男でいうなら、爽やかイケメンとワイルドイケメンの違いか? 優しそうな爽やかイケメンには話しかけられても大丈夫だけど、不良っぽいワイルドイケメンに話しかけられるのはビビるって感じか)


 その気持ちは分からないでもない。こればかりはその人物の価値観でしかないので、実際に会話をしたりして印象を変えないと難しいのかもしれない。


 ただその会話に行くまでが小稲相手だと難しいのだろう。とはいったものの、そこらへんもちゃんと考慮した上でのグループ結成になると思うし、あとは社長任せになるしかない。


「じゃあ小稲以外だったら誰でもいいってことか?」

「ん……他のメンバーには活動に支障は出ないと思うわ」

「あれ? けどしるしも大丈夫なのか? あの子もコミュニケーション能力が決して高いほうじゃないし」

「ああ、百合咲さんは確かに物静かだし、掴みどころのない子だと思うわ。けれど活動に関しては前向きだし、それに……才能もあるから彼女から学ぶことも多いでしょうし」


 彼女の言う通り、ああ見えてしるしは努力家であり、歌唱力やダンスにも秀でたものを持っている。特に彼女の歌唱力には魅力があると夕羽は言う。実際社長もそういう判断だし、六道も彼女は良いものを持っていると素人ながら思う。


 恐らくどこか凛然とした雰囲気が自分と似通っているから、夕羽としてもまだ接しやすいのかもしれない。


「……ソロで活動したいとかは思わないのか? ほら、今までがそうだったし」

「今までがそうだったから、今度はグループ活動を経験してみたいという気持ちもあるのよ。まあ確かに一人の方が気楽な部分があるのは否定できないけれど」


 夕羽にとってすべてはアイドルのための糧になればと思っているようだ。本当に前向きというか真面目というか……。


「そういや聞いてなかったな。夕羽って何でアイドルになろうって思ったんだ? ……って、これ聞いて良かったか?」

「別に聞きたいなら教えてもいいけれど」

「サンキュ。確かスカウトされたってことは聞いたけど……」


 彼女の姉である十羽に以前聞いたことがあった。


「それほど特別な理由はないわよ。ただ……有名になったら、ある人が褒めてくれるって思ったからっていう単純な理由」

「ある人? 十羽さん……じゃないのか」


 夕羽の表情はどこか困ったような感じだ。そこでハッとしてある人物のことが脳裏に過ぎる。


「……悪いな。やっぱ軽々しく聞くんじゃなかった」

「……そういうところは察しが良いのね」


 夕羽が過去に慕っていた人物。十羽でないなら、六道が思い浮かべられるのはたった一人だけ。


 ――原賀馬玄。


 八ノ神姉妹にとって家族同然だった男性である。しかし原賀の裏切りによって、姉妹や【マジカルアワー】のみんなが傷ついた。

 最終的には姉妹を殺そうとまでしたが、それを六道が阻んだことで、彼は今もどこかで地獄を見ていることだろう。


(そういや、その頃は突然原賀が姿を消して夕羽たちは必死に探してたって聞いたな)


 兄と呼ぶ彼ともう一度再会することを願っていた夕羽は、恐らく有名になれば彼がまた姿を見せて褒めてくれるとでも思っていたのだろう。

 そんな健気でいじらしい想いによって、夕羽の今がある。


「けれどきっかけはそうだったけれど、今は自分の意思でアイドルを続けたいと思っているわ。いつかきっと誰もが羨む立派なアイドルになる。それが今の私の夢だもの」


 その目には強い光が宿っていた。迷いなどもうないと言わんばかりに。


「はは、そうだな。夕羽ならきっとその夢に届くと思う。賭けてもいいぞ」

「あら、いいのかしら。なら私が失敗した時は責任を取ってもらおうかしら」

「別にいいぞ。だってこっちは負けないし。お前は絶対素晴らしいアイドルになるって信じてるからな!」

「っ…………まったく、そういうところなんだから」

「あん? すまん、何を言ったのか聞き取れなかった」

「べ、別に何も言ってないわよ! それよりもそっちはどうなのかしら?」

「俺? 何のことだ?」

「……どうしてアイドルのドライバーになろうと思ったのかしら?」

「そういや言ってなかったっけか?」


 六道は、叔母に半ば騙される形でアイドル事務所に就職したことを話した。


「なるほどね。あなたがアイドルのことをほとんど知らなかったのはそういう理由があったのね」

「まあアイドルに興味なかったからなぁ。あ、でも今は違うぞ! テレビとか本とか、いろいろアイドルについて勉強してるしな」


 その情報源は、専らアイドルオタクである卍原という男からだが。


「だからお前たちがどんどん忙しくなっていくのは俺としても嬉しいしな。仕事も増えるし」

「ふふ、そうね。私たちに仕事がなかったら、必然的にあなたも暇だものね」

「そうそう、だから頑張ってくれよ、俺のためにも!」

「下心満載ね。まあ正直なのはいいことだけれど」


 六道だって仙人みたいな暮らしをしているわけではないのだ。それなりに生活していくためにも、やはり先立つものは必要なわけで。


「そういうことだから、これからグループ活動も気合入れてくれよな」

「当然よ。どんな仕事も全力を尽くすのが私の美学だもの」


 そうして二人してどこか熱い気持ちで事務所に戻ると、そこで思いもよらない結果が待っていた。


「…………えっと、社長……今何と?」


 そう問い質したのは六道だった。

 ちなみに社長の目前には、事務所に所属する全員が集まっている。


「ん? だからグループは二つに分けて、一つは姫香ちゃんとタマモちゃんとしるしちゃん。そして残りは――」


 全員の視線が夕羽と小稲へと向いた。




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