第94話
まさかの決定に対し、いつも冷静な夕羽が目に見えて動揺している。しかも……。
(小稲に至っては目を開けて気絶してるし)
あまりに予想だにしていない事実に頭がショートでもしたのかもしれない。
(にしても社長……一体何考えてこの二人を……?)
どう見ても相性は良くないように思える。だから当然小稲は空宮と組ませるだろうと六道も半ば確信していた。それなのに……。
チラリと十羽と横森を見ると、二人とも苦笑を浮かべたまま。彼女たちの反応から、どうやら先に社長から聞かされていたらしい。
するとようやく自分を取り戻したのか、夕羽が社長に対して尋ねる。
「あ、あの社長?」
「ん~? どうしたのかなぁ?」
「そ、その……私が福音さんとペアで活動をするということですか?」
「うんうん、そだよ~」
「っ…………ど、どうして私と福音さんなのでしょうか?」
誰もが思う疑問を口にする夕羽に、月丘やしるしも興味があるのか、ジッと社長を見つめる。ただ空宮だけはあまり驚いていないようで静かに目を閉じて佇んでいた。
「どうしてかぁ。それはもちろん二人の今後のためになるって思ってるからかな」
「私たちの今後……ですか?」
するとそこでようやく正気に戻ったのか、目に光を宿した小稲が突然、「む、無理ですぅ!」と声を上げたので、全員が彼女に注目する。
「わ、わわわわたしが八ノ神さんとなんて……そんな…………絶対に無理ですからぁ!」
涙目になりながらも訴えるその様子に、六道は思わず眉をひそめてしまう。
相性が悪くて難しいのは自分も理解しているが、ここに本人がいるのにもかかわらずハッキリと無理と口にするのはさすがに夕羽にもショックを与えてしまうだろう。実際、夕羽も彼女からサッと目を逸らしてしまっている。
ただ、今の小稲に誰かを気遣う余裕なんてないのもまた事実であろう。
そんな空気が悪い中、先に言葉を発したのは――。
「――小稲、ワガママ言うんじゃないわよ」
――空宮だった。
「タ、タマ……ちゃん?」
普段小稲に優しい空宮にしては、かなり鋭く厳しい眼差しと声音だった。
小稲はきっと空宮なら、自分と組むように社長に言ってくれるとでも考えていたのかもしれない。だがその願いはあっさりと打ち破られたことに衝撃を受けてしまっている。
「これは会社として……アイドルとして必要だって社長が決めたことなのよ。別に理不尽なことでもないんだから、いちいち文句なんて言わないの」
「で、でもタマちゃん……わたしは……タマちゃんと一緒じゃなきゃ……」
「いつでもどこでも、これからもずっとアンタの傍にいられるとは限らないのよ。アンタもアイドルとして舞台に立つ覚悟をしたんなら、そろそろ自立しようと行動なさい」
正論だ。何の間違いもないただただ正論。
きっと空宮は、今の状況を良しとはしていなかったのだろう。ずっと自分の影に隠れるようにして動く小稲に対し、どうにか自立を促そうとしていたのだ。
小稲はいつも空宮を頼り、空宮の意見に寄り添い、空宮と一緒に行動する。第三者から見れば仲の良い姉妹のように微笑ましいが、それは普通の女子として日常を過ごすだけならばの話。
彼女たちがこれから挑むのは、蹴落とし蹴落とされる実力主義の苛烈な世界だ。その中で生き残るには、強い意思と向上心などの前向きな精神力が必要となるはず。
しかし残念ながら小稲は、精神的にまだまだ弱い。このまま空宮に縋り続けていては、いずれバラバラに活動することになった時、もし予期せぬ事態が起きた際に心が簡単に折れてしまいかねない。
故にこれは空宮の優しさなのだろう。この機会に突き放して、小稲にアイドルとしての自覚を促すという。だから今回のグループ割りは良い機会だと考えているのかもしれない。
そしてそれは小稲なら、きっとアイドルとして輝けると信じているからだろう。だが自分に依存したままでは成長できない。
ただ六道としては、小稲はまだ小学生なのだから、もう少し様子を見守るためにも空宮と組ませる方が良いと思っている。成長を促したいのも分かるが、あまり強引な手段は逆に悪い結果を生む危険性も孕んでいるからだ。
とはいっても、芸能界という魑魅魍魎が蠢く場所で活動するためにも、小稲に早く成長してほしいと願うのも当然か。
(できれば穏便に終わってほしいけど……)
そう願っているが、どうやらそういうわけにはいかないようだ。
「ど、どうして? も、もしかしてわたし……何かしちゃった? だったらあやまるから! だからこれからもずっと一緒に――」
「悪いけど、アタシは姫香としるしと組むわ」
「え……」
「そしてすぐに有名になってみせる。小稲……たとえアンタが傍にいなくても、ね」
空宮の決定的な言葉にほとんどの者が息を呑む。当然その言葉に誰よりもショックを受けた小稲は、悲痛な面持ちを浮かべると、
「タ、タマちゃんのばかぁぁぁぁぁぁっ!」
そう叫びながら事務所から走り去っていってしまった。
慌てて横森が彼女の名を呼び追いかけようとするが、それを六道は止める。
「横森さん、小稲は俺が」
「大枝さん……お願いできますか?」
横森に笑顔で頷くと、チラリと空宮を見る。彼女はどこか痛々しそうな表情のまま顔を伏せていた。
(まったく、いろいろ不器用な子が多いな)
夕羽にしろ空宮にしろ、もう少し言い方や態度に気を付ければ、きっともっと周りと上手くできるはずなのにと思いつつ、六道は足早に小稲を追いかけていった。
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