第92話
六道が歓迎会にて地獄を見てから一週間後、事務所ではそれまでになかった動きで慌ただしかった。
華々しいデビューを飾れたお蔭で、SNSなどで空宮たちの雄姿が拡散し、それなりに仕事のオファーが舞い込んできていたのだ。
特にこれまでモデル業を多分に務めていた夕羽は、さらなる仕事の幅を広げ、雑誌取材やラジオ出演などで忙しく、その他の子たちもまだ僅かながらもちょいちょい仕事をこなすようになってきている。
故にドライバーである六道もまた、彼女たちを仕事現場へ送り届ける回数が増えてきた。
とはいってもまだまだ新人。仕事のない日の方が多く、夕羽以外はレッスンの割合に傾いている。それでもどこか表情が生き生きしているのか、ようやくデビューできたことで励みになっているからだろう。
「お疲れ様、夕羽」
本日、ラジオ収録だった夕羽を迎えに来た六道は、車に夕羽を乗せて走り出す。ちなみに十羽は、他の子の仕事の付き添いに行っている。
仕事に慣れている夕羽に付き添うより、まだ慣れていない子たちに、夕羽で培った仕事のノウハウを教えるために当てられているのだ。
六道は後部座席に座って目を閉じている夕羽をバックミラーで一瞥した。
「随分と忙しくなったな。疲れてないか?」
「この程度は問題ないわ。それにようやく走り始めたのだもの。根を上げるわけにはいかないわよ」
きっとこれからもどんどん忙しくなってくるだろう。それはきっと彼女たちにとって嬉しい悲鳴かもしれない。
ただ体調管理だけはしっかりしてほしい。身体を壊して寝込むようなことになれば本末転倒なのだから。
「今日はもう仕事はないんだろ? このまま家でいいのか?」
「事務所に行ってほしいわ。帰る時は姉さんと一緒のつもりだから」
彼女の要求に対し「了解」と答えると、真っ直ぐ事務所まで向かった。
この一週間、あの原賀が勤めていた【スターキャッスル】の社長が、何かしら手を出してくるのではと危惧していたが、拍子抜けするくらい何もなかった。
一応独自で調べてみたが、原賀はいつの間にか会社をクビにされており、会社は何事もなかったかのように平常運転をしているのだ。
少し心配だったのは、原賀が担当していた【ブルーアステル】のアイドルたちだが、別の担当の下でアイドル活動を行っている様子。
前に出会った彼女――銀堂雪華も無事にアイドル活動を続けているようで何よりだと思った。
ただ、まるで最初から原賀がそこにいなかったかのような雰囲気に、組織なんてそういうものかと納得した。
実際プロデューサーとして優秀だったとはいえ、会社にとってはいち個人であり、替えの効く人材でしかなかったらしい。
芸能事務所において勇名を馳せる大手なのだから当たり前なのかもしれないが、何となく巨大組織の冷たさのようなものを感じてしまったのも事実だ。
「……ねえ、六道さん」
沈黙の中、突然夕羽が声をかけてきたので「どうした?」と聞いた。
「昨日、姉さんから聞いたのだけれど、近々私たちをグループ分けして売り出すということ」
「ああ……」
それは六道の耳にも入っていた。
前に社長が大人たちだけを集めて、ある企画書を見せてくれたのだ。ドライバーでしかない六道に企画を見せられてもと思ったが、男としての意見も欲しいとのことだった。
その企画とは、五人いるアイドルたちをグループに分けて売り出すというもの。
デビューは五人全員一緒に行ったが、これからは二人と三人のグループに分けて活動していく方が効率が良いのではという社長の考えだった。
事務員の横森なんかは、五人一緒でグループ名を付けて売り出しても良いのではと提案していたが、より幅の広い活動ができるように分化した方が良いということで決定したようだ。
それには十羽も賛同し、六道もまた首肯した。
五人での仕事も入れば受ければいいし、それぞれのグループでそれぞれの特色を売り出せば、さらに仕事の幅が広がると思ったからだ。
「まだ誰と誰が組むのか決まっていないのかしら?」
「聞いてないなぁ。まあ相性とかあるから、社長も悩んでると思うぞ」
五人のアイドルたちは各々が持つ色は異なる。
それに年齢も違うから、活動範囲や個人の能力などを考慮して慎重に選ばないといけない。
「夕羽は誰と組みたいとかないのか?」
その問いに、少し困った様子の表情を見せる夕羽。
「そうね……できれば空宮さんとか仕事にストイックな人の方がやりやすいかも」
まあそれはそうだろう。夕羽もまた仕事に対して真っ直ぐで、自分にも厳しい一面を持つ。同じようなタイプである空宮ならば、上手くやっていけるかもしれない。
「うーん……けど空宮さんは小稲と一緒になる可能性の方が高くないかなぁ」
あの二人はもうセットという感じだ。というよりも空宮はともかく、小稲が一人で他の人と積極的にグループ活動できる映像が思い浮かばない。
別に仲が悪いというわけではないが、消極的で引っ込み思案な小稲だから、グループになったら彼女を支えられるような人材が必要になる。少なくとも、小稲自身が自立できるまで。
そう考えると、やはり一番扱いに長けている空宮と組ませるのが一番だ。となれば、必然的に空宮と組みたい夕羽は小稲とも一緒になるが……。
「私、あまり福音さんと話したことないのよね……」
そうなのだ。六道が就職してからそれなりの期間経つが、夕羽と小稲が談笑している光景を見たことがない。あるとしてもその間に誰かが仲介の役割を担っている時だけ。
「もしかして小稲のこと苦手か?」
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