第91話

「ほーら、お返し。あーん」

「ちょっと姉さん、はしたないわよ?」

「いいじゃーん。無礼講でしょ?」

「今の状況で、その言葉は的確ではないと思うのだけれど?」

「そんなこと言ってぇ、夕羽もあーんしたいんじゃないの?」

「っ!? ……そんなことあるわけないでしょう?」


 そっぽを向いている頬が赤い。アルコールを飲んでいるわけでもないので、明らかに照れている様子。そんな夕羽の様子が面白かったのか、こちらは若干酔っている感じの十羽が彼女に絡み始めた。


「もう~、この子は可愛いんだからぁ~」

「ちょっ、姉さん! いちいち抱き着いてこないで!」

「いいじゃなぁ~い。姉妹のスキンシップでしょ~!」


 助けを求めるように夕羽が六道を見てくるが、ここは犠牲になってもらおうと思い視線を切った。


(悪いな、酔っ払いの女性ほど厄介なものはないんだよ)


 実際に異世界でもこういう場面はあった。アルコールでタガが外れた女性ほど扱い難いものはないのだ。こちとら女性に慣れているプレイボーイでもないのに、過度なスキンシップをしてくるし、妙な色気を振り撒いてくるしで、男としてはキツイものがあったのだ。


「ねえねえ、どう六道くぅん、楽しんでるかなぁ?」

「あ、はい社長。ここのお店、大当たりですね」

「そうでしょ~。私が自慢するだけはあるわよね~!」

「……もしかしてもう酔ってます?」


 いきなり絡んできたかと思ったが、こちらも面倒臭い感じがしてきた。


「えへへ~、どうせなら久々に希魅先輩とも飲みたかったけどぉ、今度一緒にバーでも行く?」

「遠慮しときます。二人を楽しませられるような自信はないので」


 間違いなく玩具になってしまう未来しか見えないので。


「えぇ~、ノリ悪いぞ、このこの~」


 ツンツンと頬をつついてくる。何でいつもこういうことを自分にやってくるのは、美女や美少女が多いのか。

 どう聞いても自慢にしかならないと思うだろうが、向こうはこちらをからかっているだけなので、まともに相手をするだけバカを見るのだ。


 何せ何度もハニートラップにかかりかけたこともあるし、勇者なんてやっていると、その名声を利用しようと近づいてくる者たちが多いのだ。


「あ、そうだそうだ。このお店でねぇ、私がいっちばんおススメのお料理があるのよぉ」


 …………嫌な予感が最高潮に達する。


「はい、これでぇ~す!」


 そう言って社長が六道の前に置いたのは、一つの真っ黒な石鍋。その中には、まるでマグマでも煮込んでいるかのような真っ赤な液体が注がれている。


「え……あの……こ、これは?」

「ちょっと辛いけどぉ、と~っても美味しいわよぉ~」


 ちょっと……辛い?


 なら何故こうして前にしているだけで、全身から汗が噴き出てくるのか。しかも目が痛い鼻が痛い。この漂ってくる湯気だけで咳き込みそうだ。

 いつの間にか右手に箸を持たされていて、キラキラとした眼差しを社長が向けてきている。


 六道は恐る恐る箸をマグマの中に突っ込む。ドロリとした中から、何か塊を拾い上げることに成功した。


「……な、何です、この赤い塊?」

「キャロライナ・リーパーだよぉ~」


 その名を聞いて頬が引き攣った。


「そ、それって……物凄く辛い唐辛子なんじゃ……」


 よく激辛バラエティとかで、出演者たちが悶絶している姿を見る。


「うん、ギネス世界記録にもいっちばん辛い唐辛子として選ばれたんだよぉ~。今私のマイブーム。六道くんにも是非食べてもらいたいくてねぇ~」


 そんなにこやかに、何を殺害計画を口にしているのか。いや、別に死にはしないだろうが、こんなものを辛さに慣れてない人間が口にして無事なわけがない。

 気づけば、他の参加者たちも同情めいた表情で見守っている。助けを求めるように夕羽に視線を向けるが、不敵な笑みを浮かべるだけ。まるでさっき見捨てたお返しだとでも言わんばかりだ。


「……これ、食べないといけませんか?」

「大丈夫大丈夫! 希魅先輩も食べてくれたからぁ」

「! ……その時、叔母さんはどうなりました?」

「ん~? 何かいきなり白目剥いて痙攣しちゃったかなぁ。あはは~、さっすが先輩、ビックリさせる演技上手いよねぇ!」


 それ絶対演技じゃねぇぇぇぇぇ、心の中で叫んでいる自分がいる。


(いや、もしかしたら本当に演技だったかもしれないな。ああ見えて、叔母さんは茶目っ気が強いし……)


 それにさすがに白目を剥いて痙攣までするわけがないだろう。いくら辛くても、一応店で出している商品なのだ。そんな危険物を客に出すわけがない……多分。


(そ、そうだな、多少辛くても俺はこう見えて勇者だ。たかが辛いくらいで怖気づいているようじゃ、あの世界を生き抜いてはいけなかった)


 チラリと社長を見ると、彼女は楽しそうに満面の笑みのまま。他の者たちを見やると、彼女たちはまるで戦場にでも向かう者を送り出すような眼差しだ。

 六道は、箸で掴んだソレをジッと見ると、ゴクリと喉を鳴らして意を決する。


 そして「い、いきます!」と勢いよくソレを口内に放り込んだ。


(……………あれ? 意外とそうでもな……っっっっっ!?)


 一口二口噛んでみたが、少し辛いといった感じだけで耐えられないほどではないと思ったので、そのまま飲み込んだ直後、まるで口の中に突如剣山現れたかと思うほどの衝撃が走る。

 それと同時に喉から胃にかけて焼けるほどの熱と痛みが激しく襲う。


「%$&※63?#!」


 言葉にならない声が出ると同時に、全身の毛穴が一気に広がり、そこから大量の汗が噴出する。


(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃぃぃっ!)


 熱いこともそうだが、痛い感情の方が強烈だ。

 慌ててソフトドリンクで口をすすぐようにして飲む……が、それでも辛さと痛みが和らいでくれない。


 どうしようもできない状態に、悶絶していると……。


「ああもう、希魅先輩みたいなリアクションはいらないよぉ。ほらほら、こっちも美味しいわよぉ?」


 あろうことか、社長がマグマの中に沈んでいる真新しい真っ赤なナニカを六道の口に放り込んだ。


「うっぐぅっ…………こ、こりぇ……は?」

「ドラゴンズ・ブレスだよぉ」


 それはキャロライナ・リーパーよりも辛いとされる唐辛子だった。


(さ……さすがは…………唐辛子お姉ちゃん……やでぇ……)


 そう思いながら、六道は白目を剥いて倒れたのであった。



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