第5話

「や……やですっ! タマちゃぁん!」


 男に身体を掴まれてしまい、泣きながら声を上げたのは、ずっと怯えたままアタシの後ろにいた親友の福音小稲ふくいんこいねだ。


「ちょっ! 小稲からその汚い手を放しなさいよっ! だ、誰か! 誰か来てぇっ!」

「うるせえ! 誰も来ねえよ、バーカ!」


 人通りが少ない場所でもあることから、確かに叫んでも助けはこない。


 ああもう! 何でよりによって近道なんてしようっていったのかしら!


 いつもは、もっと人通りの多い場所を通っていたのだが、アタシが寝坊をしたせいで、このままでは遅刻してしまう。だから普段は通らない近道を選んだのだ。その矢先に、コイツらが現れた。


 多分働きもせずに、お金を楽して手にしようって輩。そんな連中に、たとえ脅されたってお金を渡してなんてやりたくはない。それにこの腕時計もだ。

 特に腕時計だけは絶対にダメ。これだけは、何が起こっても手放したくない。

 だから抵抗した。こんな理不尽な連中には負けたくなかったから。でも……。


 アタシのせいでっ……! アタシのせいで小稲まで……っ!?


「やめて! やめなさい! ア、アタシはいいから、せめてその子だけは許してあげて!」


 アタシが変な意地なんて張らなきゃ、もしかしたら穏便に事が進んだかもしれない。小稲を危険な目に遭わせなくても良かったかもしれない。 

 恐怖と申し訳なさから涙が出てくる。


 きっとこれからアタシたちに行われることを思うと、絶望という言葉が濃く浮き上がってきた。


「お願い! アタシは何でもやるから! 小稲だけは許してっ!」

「タ、タマちゃんっ!?」


 妹のように大切に想う親友が、アタシに助けを求めるように手を伸ばしてくる。アタシも同じように手を伸ばすが、先に小稲の方が車の中に押し込まれようとする。


 お願い……誰か…………神様でも何でもいいから助けてよぉっ!


 そんな存在なんてこの世にいないことは分かりつつも、アタシはもう奇跡を信じるしか希望はなかった。 


 すると――。


「――ぶへぇっ!?」


 突然、小稲を連れ込もうとしていた男が、弾かれたように飛んで行った。

 何が起こったのか、アタシを含めてその場の全員が一瞬理解できなかっただろう。


「――ったく、このロリコンども」


 そんな呟きとともに、後ろに倒れそうになった小稲を支えた人物。

 眠たそうな垂れ目と、ピンと伸びたアホ毛が特徴的な男性だった。





     

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