第6話

 さすがに見逃せないと思い、俺はサクッと介入することにした。そして瞬く間に近づき、一人の男の顔面をぶん殴り、解放された少女を保護したのである。


「大丈夫?」


 できるだけ優しい声音を意識して、今だ呆けたままの少女に問いかける。少女も、俺の存在にギョッとしつつも、「は、はい……」と小さく返答してくれた。


「んな……っ!? 何だよてめえはっ!」


 当然仲間の一人をぶっ飛ばした俺に対し、クズ男の一人が怒鳴ってきた。


「何って、こーんなことは見逃せないでしょ」

「は、はあ? てめえ、こんなことしてタダで済むと思うなよ!」

「あーはいはい。そういうセリフは向こうで聞き飽きてっから」


 異世界の賊や悪党なんて、大概似たような言葉を吐いていた。こっちでもそう変わらないらしい。

 するとツインテール少女を拘束したままの男がニヤリと笑みを浮かべる。


「あ、危ないっ!」


 そう叫んだのは、ツインテール少女だ。その視線の先、俺の背後へと迫るクズ男がいた。手にはナイフが握られている。

 男たちは、俺が気づいてないようで、すぐに俺を制圧することができると思っているようだが。


 …………ま、気づいてるんだけどね。


 俺は振り向きざまに手刀を放ち、繰り出されるナイフの刃を折った。

 切断されたナイフを見て「……えっ!?」となって固まる男に向かって、股間を蹴り上げてやると、蛙が潰れたような声を出しながら沈んだ。


「……さて、残りはあんた一人なわけだけど?」


 俺が平然とそう言い放つと、同じように唖然と硬直していた男がハッとなって睨みつけてくる。ポケットナイフを取り出して、ツインテール少女のクビに突き付けていた。


「タマちゃんっ!?」


 俺の腕の中にいる少女が、ツインテール少女に向かって声を上げた。


「う、動くなよ! 動いたら分かってんだろうな!」


 人質にして俺への命令権を獲得した気でいるのだろう。本当に馬鹿な奴である。


「なるほど。けどま、そういうのも慣れてんだよなぁ」

「はあ? てめえ何言って……」

「言っとくけど、あんたさ、俺が一人だとでも思ってたわけ?」

「……何?」

「今だ!」


 俺は、男の後ろを見ながら叫ぶ。

 男の反応は分かりやすかった。すぐに俺の視線の先を辿ったからだ。


 突然現れた俺に仲間をぶっ倒され、一瞬で有利な場面を覆されたことで、男の頭の中は大混乱状態であろう。そんな中での俺の一言。冷静ならば正しい対応ができただろうが、男は条件反射に負けてしまった。

 男の視線の先には、誰もない。当然、俺の嘘である。


 直後、すぐさま男の懐へと飛び込んだ俺は、男の持つナイフを掴んだ。当然男は、その状況に驚愕して固まってしまう。その隙に、俺は力を込めてナイフを握り潰した。


「んなぁぁぁっ!?」


 男だけでなく、近くで見ていたツインテール少女もまた目を見開いたままだ。

 俺は武器を失った男の顔面に向け拳を放つと、男は最初の奴のようにぶっ飛んでいき、その先の壁に激突して身動きしなくなった。


 男からの拘束が解かれ、気が抜けたようにペタリと、その場に座り込んだツインテール少女。そんな彼女に向かって、「タマちゃぁん!」と飛びついたもう一人の女の子。


「……!? こ、小稲こいね……!」

「良かったぁ……っ、良かったですぅぅ……!」

「も、もう……そんなに泣かないの……バカね」


 そう言うツインテール少女の目からも、僅かに涙が零れ落ちている。

 俺は彼女たちにそっと近づく。するとツインテール少女が、俺の接近に気づき、ビクッとしながらも涙をサッと拭い、ボブショート少女を支えながら立ち上がった。


「うん、どうやら怪我はないようだな」

「っ……れ、礼を言うわ。その…………ありがと」


 恥ずかしそうに、目を泳がしながら感謝を述べてきた。


「いやいや、無事ならそれでいいよ。ところで……こいつらの処遇はどうする?」


 失神している男たちを見ながら俺は言う。ここが異世界で、相手が盗賊なら、このまま討伐――つまり殺すのだが、日本じゃ簡単には殺せない。反撃して、結果的に死んだのなら、それはそれで正当防衛ということにするが。


「警察に引き渡すのが普通よね」

「まあ、そうだと思うけど……できれば俺のことは秘密にしてくれないかな」

「え? ど、どうしてよ?」

「これから大事な用があってね。事情聴取とかで時間取られるのは勘弁なんだ」

「時間……!? そうよ、アタシたちも急がなきゃ! ほら、小稲しっかりして!」


 いまだにしがみついているボブショート少女の背中を、ツインテール少女がポンポンと叩くと、鼻をすすりながらもボブショート少女はおもむろに身体を離す。


「えっと……本当はちゃんとお礼したいんだけど、アタシたちもその……急いでて」

「え? ああ、礼なんて言葉だけでいいって。じゃあこいつらはこのままでいいかな」

「こんな奴らに割いてる時間なんてないのよ! 早く行かないと社長が勝手に男を……って、そんなこと言ってる場合じゃないわ! ほら、小稲もちゃんとこの人にお礼言いなさい!」


 そう言われて、ボブショート少女は「は、はい」とか細く返事をすると、俺の方に振り向き、これまた恥ずかしそうにペコリと頭を下げた。


「あ、ありがとうございましゅた! はやや! 噛んじゃいましたぁ!」


 ……可愛いな。


 噛んだこともそうだが、それで慌ててる様子が実に愛らしい。というよりも、ルックス自体もレベルが高い。それはこっちのツインテール少女も、だ。読者モデルとかしていてもおかしくない。

 これならロリコンが血迷ってもおかしくはないかもしれない。


「はは、いいっていいって。それよりも急いでるんだろ? 俺はあっちの方に行くんだけど、同じ方向なら一緒に行こうか?」


 せっかく助けたのに、また行く道で襲われるのは納得できない。


「それは…………そうね、頼んでもいいかしら? 小稲もそれでいい?」

「は、はい! お、お兄さんなら……大丈夫な気がしますので」


 良かった。俺も男だし、変な目で見られたらショックだった。

 と、いうことで俺たちは、一緒に歩を進めることにしたのである。



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