第7話

「そういえば、まだ名乗ってなかったわね。アタシは空宮そらみやタマモっていうわ」

「あ、あの、わたしは福音小稲っていいましゅ!」


 ツインテール少女=空宮タマモ。ボブショート少女=福音小稲。うん、覚えた。


「俺は、大枝六道。それにしても災難だったね」

「ええ、ホントよ。ごめんね、小稲。アタシが近道しようって言ったから」

「ううん。わ、わたしも近道しなきゃって思いましたから! だからその……タマちゃんは悪くありません!」

「小稲……ありがと」


 うん、やっぱり女の子は笑顔が一番だな。二人とも良い笑顔だ。


「一応忠告として。これからはなるべくああいう人通りの少ない道は通らない方が良いよ。特に今のご時世はね」

「身に染みたわよ。周りにいる女子たちの中にも、人気のない場所で言い寄られたりしたことがあるって聞いてたのに……本当に迂闊だったわ」


 ちゃんと反省しているようで何よりだ。

 悪党ってのは、理不尽に暴力を振るう。弱者のことなんて何一つ考えない。ただただ、自分たちの欲望を満たすだけに行動する。だから弱者としては、弱者なりの備えが必要になるのだ。


 まあ、この子たちは特に見た目が良いから、普通よりも気を付ける必要があるだろうな。


「……ん、大通りに出たな」


 腕時計を見ると、どうやらまだ少し時間はある。


「俺はこのままコンビニに行くけど、二人はもう大丈夫かな?」

「ええ、問題ないわ。その……本当に助かったわ。アンタがいなかったらと思うと……」

「タマちゃん……。お兄さん、わたしも本当に助かりました。ありがとうございました!」

「いいや、じゃあ今度こそ気を付けて」


 俺が右手を上げると、空宮と福音は、それぞれ一礼をすると、その場から去って行った。時折福音は振り返って、再び頭を下げるを繰り返している。

 そうして見えなくなってから、俺はコンビニに行って、ペットボトルの茶を購入した。傍にあるゴミ箱の近くで喉を潤しながら、行き交う人々を見つめる。


 ここには【新宿のアルタビジョン】がある。いくら治安が悪くて外出が減ったといっても、さすがにここは人で溢れている。

 JR新宿駅は、一日の乗降者数世界一としてギネスにも認定されたことがあるくらいだから、当然の賑わいなのかもしれないが。


 それにしても、よくもまあ人間がこんなに集まるものだ。少し道を外れれば、さっきみたいに閑古鳥が鳴いているような道もあるというのに。


 人がいるところには人が集まるってことかねぇ。


「……そろそろ行くか」


 面接時間が迫ってきたので、飲み干したペットボトルをゴミ箱に投入し歩き出す。

 そこから十分ほど歩くと、目指す目的地がある。


「……ここだな」


 地図と目の前の建物を交互に見つめながら確かめる。

 三階建てのビルで、見た目は結構古い感じだ。一階の出入り口の傍には、地下への階段もあるようだ。


 二階は韓国料理屋で、三階はテナント募集になっているのか、看板などは見当たらない。いわゆる雑居ビルなんだろう。


「てことは、俺が向かうのは一階なんだけど…………【株式会社:マジカルアワー】?」


 名前からどんな会社なのかはサッパリ分からん。異世界だったら、魔法使いの組織かなと思うけど。


「配送業……だよな? のわりには、随分とファンシーな名前だなぁ」


 いや、そんなことはどうでもいい。これから面接だ。とにかく合格を得なければ何も始まらない。

 俺は居住まいを正し、深く呼吸を行ってから出入口の方へ向かう。自動ドアが開くと、フワリと清潔感を覚えるフローラルな匂いが漂ってきた。


 中は受付といったものはなく、目先には事務仕事を行うようなデスクが幾つもある。俺から見て、部屋の形は凸型。

 中央に一本通路があって、その突き当りには扉が確認できた。また突になっている通路の両側には部屋がそれぞれあるようで、向かって左側の扉のプレートには社長室と書かれている。対して右側は給湯室のようだ。


 ざっと見回した限り、デスクで作業らしきものをしている人が一人いるだけ。随分集中しているようで、パソコンを睨みつけながらキーボードを叩いている。


「あのぉ、すいません」


 若干緊張しつつ声をかけたが、それでも俺に気づかないまま。だから今度は少し大きめの声で尋ねた。


「……っ!? え? あ? す、すすすすいません! 今すぐに!」


 ようやく俺の存在に気づき、慌てた様子で立ち上がって、こっちに来てくれる。

 二十代後半ほどの女性で、あまり化粧っ気のない、いわゆる地味目な感じ。それでも制服のようなキリッとした衣服を着こなす大人っぽさもあり、何より胸の膨らみが、思わず目がいってしまうほど大きい。


 おっと、いけないいけない。心証を良くするために紳士的であらねば。


 意識的に、女性の目だけを見つめるようにする。


「お待たせ致しました! えと……もしかして面接の……?」

「あ、はい。大枝といいます。お話は通っておりますでしょうか?」

「はい! お待ちしておりました。今すぐ担当の者をお呼びしますので、どうぞお掛けになってお待ちください」


 そう言いながら、部屋の隅に設置されているソファへと促される。テーブルも備えてあり、ここが来客用に対応した応接間といったところだろうか。仕切りは、一応簡易的なパーテーションが設置されているだけなので、声は駄々洩れだけど。


 俺は言われた通りにソファに腰かけ待っていると、先ほどの女性が電話をしている声が聞こえてきた。どうやら内線を使い、社長を呼び出しているようだ。

 しばらくすると、女性が茶を入れてもってきてくれた。軽くつまめるような菓子も一緒にである。



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