第8話

「もうすぐ社長が応対致しますので、もう少しお待ちください。あ、私は事務員の横森です。よろしくお願い致します」

「あ、いえ、こちらこそ。先ほども名乗りましたが、改めて、大枝六道と申します」

「確か社長のお知り合いのご紹介ということで。こちらの業界には興味がおありだったんですか?」

「えっと……自分に合っているのではないかと思いまして。運送業なら、力仕事とかもあると思いますし」

「え?」

「え?」


 横森さんがキョトンとしたので、俺もまた同じような対応をしてしまう。


「う、運送業……? ま、まあ……硬い言い方をしたらそうなるとは思うんですけど……」


 はい? 硬い言い方? 運送業は運送業でしかなくない? 何か別な言い方ってあったっけ?


「あー大丈夫です。こう見えても口は堅いですし。荷物の中身を口外したりはしませんし、どんなものも速やかに運ぶ自信はありますから」

「に、荷物? えっと……荷物?」


 あれぇ? 何やら俺と彼女の認識に齟齬がありそうな感じなんだけど……?


 ――するとその時だ。


「だーかーら、アタシはまだ認めてないって言ってるじゃない!」


 出入口から怒鳴り声とともに、複数に人間が入ってきた。


 ……今の声って……?


 どこかで聞いたような声音に首を傾げていると……。


「まあまあ、彼ならきっと大丈夫よぉ。だってぇ、希魅先輩の紹介なんだものぉ」


 ゆったりと間延びした声のあと、


「誰よそれ! ていうか男でしょ! 前から言ってるけど、男なんて危険じゃない! しかもまだ若いって話でしょ! それにさっきも言ったわよね! ついさっきその男どもにアタシたちがどんな目に遭わされてたか!」


 う~ん、聞き間違いじゃなければ……。


「でも男の人って、これから必要になると思うのよぉ。それに、まだ雇うって決まったわけじゃないしねぇ」

「とか言って、その先輩とやらの紹介だから、もう雇う気満々って話、昨日してたの知ってるんだから! だから今日、オフだけどこうして急いで来たんだから!」

「なるほどぉ。レッスンもないのに顔を見せた理由はそれだったのねぇ」

「そうよ! アタシと小稲も面接に立ち合わせてもらうから! その男、ちょっとでもダメなとこがあったら、速攻不合格を叩きつけてやるわ! そうよね、小稲!」

「え、えっと……わたしはその……」


 オロオロしていそうな感じが、声だけでも伝わってくる。


 小稲か、なるほど。やっぱりね。


「う~ん、でもねぇ……」


 困っている様子の女性の声を遮るように、「社長!」と横森さんが駆けつけていく。


「あらぁ、どうしたの香苗ちゃん、そんなに慌ててぇ」

「面接の方、もう来られてますよ!」


 失礼のないように小声で言っているようだが、俺の耳にはハッキリと聞こえている。


「へぇ、もう来てるのね! 遅刻してたら、それを理由に追い出してやるつもりだったけど……まあいいわ! アタシがさっさと見極めて追い返してやるわ!」

「あ、ちょ、タマモちゃん!」


 制止をかけようとした横森さんだったが、ズカズカと早足で、俺がいる場所へと突き進んでくる、アイツ。


 そして――。


「こんにちは! そんでさよなら! アンタは不合格で…………え?」


 いきなり顔を見せては、そんな痛烈な言葉を投げかけてきたのは――空宮タマモだった。

 俺の姿を目にした彼女は凍り付いたように固まってしまっている。


 そこへ、「あ、お兄さん!」と、空宮のあとにやってきたのは、やはり福音小音だった。


「やあ、二人ともさっきぶり、だな」


 俺もまさか、こんな早い再会が訪れるとは思っておらず、苦笑交じりに言葉を吐いた。

 挨拶をした直後、時が動いたように空宮は、目をパチクリとさせて、俺を指さしてくる。


「な、ななな何でアンタがこんなとこにいるのよ、大枝六道ぃぃ!」


 それは俺も聞きたいんだよなぁ。


「あらあらぁ? えっとぉ、あなたが希魅ちゃんの甥っ子の六道くん、だよねぇ?」


 間延びした声音の女性が顔を見せ、俺に問うてきたので、俺もスッと立ち上がり返答する。


「大枝六道です。本日はお忙しい中、こうして面接の時間を設けて頂けて嬉しいです。こちらが履歴書になります」


 リュックから出した履歴書を渡す。社長であろう彼女は「は~い」と言いながら受け取ると、サッと履歴書に目を通していく。


「ふむふむ、間違いないようねぇ。あ、座っていいわよぉ」


 社長が対面するソファに腰かけたので、俺も同じように座った。


「って、何で何事もなかったかのように面接を始めるのよ!」

「あれぇ、まだそこにいたのぉ、タマモちゃん」


 空宮だけでなく、福音もいるし、何なら覗き屋みたいに、そっと顔を出している横森さんもいる。


「いるわよ! ていうか、今の話を聞いて、何とも思わなかったの!?」

「ん~? ……ああ、もしかして二人は、彼の知り合いなのぉ?」


 俺と空宮たちを見回しながら社長が尋ねた。それに答えのは俺だ。


「はい。ついさっき知り合ったといいますか……」


 これ以上の説明を俺がしていいのか、俺がチラリと空宮を見ると、彼女はフンと鼻を鳴らし、腕を組みながら口を開く。


「そうよ。さっき言ったでしょ。クズ男どもに攫われそうになったって。その時、助けてくれたのがコイツなのよ」


 その言葉に対し一早く反応したのは――。


「へ? お、さ、攫われそうになった? ちょ、ちょちょ! 聞いてないよタマモちゃん、そんな話! 小稲ちゃん、本当なの!?」


 聞かされていなかったようで、誰よりも愕然としている横森さん。


「は、はい。凄く……怖かったです。でも……お兄さんが助けてくれました」


 小稲の言葉を皮切りに、詳しい説明が成されていった。



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