第9話
「――拉致、監禁、凌辱……きゅ~!?」
何を想像したのか、真っ青な顔で倒れこむ横森さんを見て、慌てて福音が「香苗さぁん!」と叫びながら支えた。
「そうだったのぉ。あなたがうちの子たちを……。この子たちには話は聞いていたけれどぉ、あなただったのねぇ。本当にありがとうございましたぁ」
事前に話を聞いてた様子の社長が、俺に対し感謝の意を述べてくる。
「ああいえ、本当にたまたまで。それにお互いに無事だったから、それでもう良しとしましょう」
俺もこれ以上は引っ張られたくない。というよりも、異世界ではそういうことが日常茶飯事で、いちいち礼やら表彰とかは面倒だった。こっちはただ見捨てるのは気分が悪いから、自分のために助けたようなもんだし。
だからもう終わった話で、必要以上に気にしてほしくない。
「……うん。やっぱりぃ、希魅先輩と私の目に狂いはなかったわねぇ」
社長がボソッと、そんなことを口にしてから、改めて居住まいを直し俺を見つめてきた。
「大枝六道くん、希魅先輩から聞いた話によると、いろんな就職面接には落ちているらしいわねぇ」
「恥ずかしいことで」
「まあこんなご時世だし、仕方ないわよぉ。有名大学出身者でも、就職率は五割を切るって話だものぉ」
この世の中、いまだ優秀=有名大学出身者であり、会社や企業は、より優秀な人材を求めている。だから大学すら出ていない者は、書類で弾かれることだ多いのだ。俺みたいな高卒は、面接まで行くのにも結構ハードルは高いというわけだ。
「あ、そういえばぁ、まだ自己紹介してなかったわねぇ。……おほん。私はこの【マジカルアワー】の代表取締役――
変わった苗字だ。逆に覚えやすい。
それに特徴的な喋り方に比例するかのように、この人の醸し出す雰囲気は、どこかほんわかしていて和む。温和なおばあちゃんが若返ったかのような親しみやすさがある。
「えっとぉ、じゃあ面接を始めるわねぇ。……うん、うん」
もう一度、俺が渡した履歴書を見回した社長が、ニコッと笑みを浮かべて俺を見た。
「うん、じゃあ採用ってことでぇ」
「……は? え? あ、め、面接は?」
始まってまだワンターンもやり取りしてないような気がするんだけど……。
「あなたがどんな人なのか分かっているものぉ。だから採用よぉ」
採用。それは嬉しいのだが、何となく釈然としないのは許してほしい。
だって今までなら、やっとこさ面接まで漕ぎ着けても、結果は散々たるもんだったから。
今日も採用してもらおうと、面接でされそうな質問の予習だってやってきた。いやまあ、採用なら結果的に文句はないのだが、用意してきたものを何一つ出せないままというのも、それなりに複雑なものだ。
「その……こちらとしては嬉しいんですけど……」
俺は男の勤務を全否定していた空宮を見る。
「空宮はここで働いているんだよな? 話は聞こえていたから知ってるけど、男が嫌なんだろ?」
「そ、そうよ! 男なんてみーんなケダモノだし、それはアンタだって分かるわよね!」
まあ、ついさっきそういう場面に出くわしたし。
そうでなくとも、美少女や美女や、胸や尻に目が行くのは男の本能だ。俺だってそれは例外ではない。
事実、横森さんは立派なものをお持ちだしな。
「男なんて雇って、またあんな……リスクは絶対に避けるべきよ!」
すべての男がそうではない……とか言っても仕方ないだろう。そんなこと彼女も分かっているだろう。しかし好んでリスクを背負いたいとは思わないはずだ。
あーこれは……諦めた方が良いかもな。
空宮の気持ちは分かる。異世界においても、男に乱暴された女性が、ずっと心に傷を負い、男を見るだけでも吐き気を催すようになっていた。何とか治療しようと、周りの女性たちが気を遣い、時間をかけてケアした結果、男を遠目でなら見ても大丈夫程度にまで落ち着いた。
つまり何が言いたいかというと、男が傷つけた心の傷は、男が癒すのはなかなか困難だということだ。
だから空宮もきっと許容することはないだろう。時間が空けば分からないが、ついさっきのことなのだ。それに過去にも何やらありそうな感じだった。いくら何でも今すぐ男を許せなんて無理な話であろう。
俺としては雇ってもらいたいが、妹と同じ年の子を蔑ろにしてまで合格を受けてもいいものだろうか。千載一遇のチャンスかもしれないし、賢い奴なら周りのことなど気にせずに、自分のためにも勤務に就くだろう。
まあけど……運送業なら、まだ可能性の目があるって分かったしなぁ。
今までそちら方面の仕事に目を向けてなかったので、もしかしたら他にも俺を雇ってくれる会社があるかもしれない。特に力仕事とかなら、俺の力を存分に発揮できるだろう。
だったらここは……。
「…………わよ」
俺が諦めようとした時、不意に空宮が何か言った。当然、俺は彼女の方を向くが、彼女は軽く口を尖らせたまま、そっぽを向いた感じで口にする。
「……別にその……いいわよ。アンタだったら」
まさかの発言に、俺は固まるが、横森さんを介抱していた福音も、「はい!」と手を上げて、
「わ、わたしも! お兄さんとお仕事してみたいです!」
よもや一番男に怯えていた福音からも承諾が得られるとは……。
「えっと……本当にいいのか、空宮さん?」
「いいって言ってるじゃない! け、けど勘違いはしないでよ! 男の中でもほんのすこ~しマシってだけなんだからね!」
この子は、絵に描いたようなツンデレだなぁ。そういや異世界で世話になった魔法使いのアイツもそうだったな。
普段はツンツンしているのに、たまに見せるデレは男心をくすぐったものだ。
「いい、大枝六道! ちょっとでもアタシたちに変なことしたら速攻クビなんだからね!」
「……ああ、それでいいよ。ありがとな」
俺が笑みを向けて礼を言うと、「フン!」と鼻を鳴らす。
「まぁまぁ、これで全員の意見が一致ということで良かったわぁ」
パチッと手を叩いて喜びを露わにした社長に、皆の視線が向く。
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