第10話
「じゃあこれからよろしくねぇ、大枝六道くん。あ、六道くんって呼んでいいかしらぁ?」
「あ、はい、お好きに呼んでください。こちらこそ微力ながらも全力を尽くします」
そのあとは、空宮や福音、そしてようやく目覚めた横森にも祝福の声をもらった。
「仕事はいつからできるかしらぁ?」
「はい、社長。こちらはいつでも。何なら今日からでも問題ありません」
「あらそうなのぉ。それはと~っても助かるわぁ。今日みたいなことが、またあるか分からないから、できればお仕事を頼みたいのよぉ」
今日みたいなこと? 何か運送物で滞りなどがあったのだろうか。
「じゃあさっそく荷物を運びますよ。こう見えて力もあるので、荷物の積み運びもスムーズにこなせると思いますから」
俺が目一杯アピールするが、社長たちが揃って『荷物?』と首を傾げた。
あれ? デジャヴ? そういやさっき横森さんもこんな感じで……。
「あ、あの、そういえば俺って何を運ぶんです? 叔母さんからは運送業って聞いてきたんですけど」
「……! ああ、そういうことねぇ。もう、
え? どういうこと? 運送業じゃないの?
「はぁ……信じらんない。アンタってば、自分の仕事を知らずに面接に来たの?」
「お兄さん……大胆ですぅ」
呆れる空宮と、目を見開く福音。
「あ、あのですね、大枝くん! ここがどんな会社か本当に知らずに来たんですか?」
「横森さん……はい。行けば分かるって叔母に言われて……いや、一応詳しい話を聞こうとはしたんですよ。でも叔母さんからは秘密って……」
「ふふふ、相変わらず悪戯好きは変わってないわよねぇ、希魅先輩は。まあ運送業っていうのも間違ってはいないけどぉ」
「運送業で間違っていない? でも荷物じゃないってことですか? ……んん?」
俺はてっきりネット販売とかの会社で、注文を受けて商品を届けたりするものだと考えていた。
困惑する俺を前に、溜息交じりで教えてくれたのは空宮だった。
「アンタが運ぶのは――――――アタシたちよ」
「……はい? 空宮さんたちを運ぶ? ……どういうこと?」
「はぁ。アンタ、本当に何も知らないのね。まあアタシたち自身、まだ露出って少ないから当然かもしれないけど。名のある事務所でもないし」
「それを言わないでよぉ、タマモちゃぁん」
辛辣なことを言う空宮に対し、シュンと落ち込んでしまう社長。
「あ、あのですね、大枝くん。タマモちゃんと小稲ちゃんは、アイドルの卵なんですよ!」
横森さんの説明に、俺は思わず「は?」と口を開けたまま、空宮と福音を凝視した。
「フン、そうよ。このアタシこそ、いずれはトップアイドルになる空宮タマモよ!」
「そ、その! わたしも立派なアイドルを目指しています福音小稲でしゅぅ! はやや! また噛んじゃいましたぁ!?」
あ、可愛い……じゃない!
「ア、アイドル? ……マジですか?」
俺が確信を得ようと社長に目を向けると、彼女はニコッと楽し気な笑みを浮かべて言う。
「我が芸能事務所――【マジカルアワー】にようこそぉ」
「げ、芸能事務所……!?」
「そういえば遅れたけど、名刺を渡しておくわねぇ」
そうして手渡された名刺には、確かに芸能事務所【マジカルアワー】の代表取締役と書かれていた。
「近いうちに六道くんにも、名刺は作ってもらうからぁ、そのつもりでねぇ」
「は、はい。……いやぁ、そうですか。ちょっと予想外でした」
「ふふ、希魅先輩の悪戯成功ってことねぇ」
本当にあの叔母は……。ていうかよくアイドル事務所にコネなんかあったもんだ。
「あ、聞きたかったんですけど、叔母とはどういう関係なんですか?」
「高校と大学の先輩後輩の関係よぉ。うーん、まだ思い出さないかしらぁ? 私と六道くん、実は過去に会ってるんだけどぉ」
またもビックリ告白に、俺だけじゃなく、他の者たちも興味津々に耳を傾けている。
「過去に……ですか? ……すみません、覚えてないです」
「まあ仕方ないかなぁ。会ったのは、六道くんが五歳の時だったしぃ」
「そんなに前ですか!?」
「そうよぉ。私が高校一年生の時に、希魅先輩の家……つまりあなたのお母さんの実家で、ねぇ。希魅先輩に誘われてお泊りに行った時にぃ、すでに結婚して家を出ていたあなたのお母さんが、あなたと鈴音ちゃんを連れて実家に戻ってきていたのよぉ」
そう言われて思い出すことがあった。
定期的に母さんの実家へは行っていたが、その時に、確かに叔母さんの友達という人に会った記憶がある。五歳だったので、あまり詳しいことは覚えてないが……。
「もしかして…………唐辛子お姉ちゃん?」
「わぁ!? そうそう、そうよぉ! 嬉しいなぁ。覚えててくれたのねぇ」
「ま、まぁ……」
思い出した。そう、あの時、一泊することになった社長だが、泊りの礼に食事を作ってくれることになったのである。
しかし出てきたのは、見事に真っ赤な料理ばかり。そのどれもに溢れんばかりの唐辛子が盛り込まれてあり、これは激辛チャレンジかなと思った。
グツグツとマグマのごとく煮え滾ったスンドゥブは記憶に刻まれている。
当然子供の俺は、一口で泣いてしまった。好奇心に身を委ねたのが間違いだった。
母さんや叔母さんも顔を引き攣らせていたが、当の本人は汗一滴も垂らさずに、上手そうに唐辛子料理を平らげていた。そこから俺は、恐怖を込めて〝唐辛子お姉ちゃん〟と呼ぶようになったのである。
「また作ってあげるからぁ、その時はい~っぱい食べてねぇ」
本人はやる気満々だが、マジで勘弁してほしい。ていうか、空宮たちが苦々しい顔をしている。どうやらすでに被害者は出ているようだ。
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