第11話
「はは……お手柔らかにお願いします。ところでもう一度確認しておきたいんですが、俺はアイドルの送迎ってことでいいんですかね?」
「ええそうよぉ。本当は私たちがやるべきなんだけどぉ、今後アイドルも増えていくだろうし、新しく人を雇おうと思ったのよぉ。でもアイドルたちを信頼して任せられる人ってなかなか見つからなくて。そこで希魅先輩に相談した結果、あなたを寄こしてくれたのよぉ」
なるほど。何やら腐れ縁みたいな繋がりを感じるが、何だかんだいっても叔母さんのお蔭だろう。こうして信用できそうな雇用主に巡り合えたのは。
「送迎……分かりました。誠心誠意、どこにでもアイドルたちを届けます」
「そう言ってくれて嬉しいわぁ。六道くん、タマモちゃんの話だと、と~っても強いらしいし、これで安心して彼女たちを預けられるわねぇ」
確かに送迎は必要だろう。そもそも今回だって、送迎があれば、クズ男どもに絡まれることはなかったはずだ。
親御さんから大切な子供たちを預かっている身として、送迎というのは非常に気を遣うもの。それに空宮が、男が送迎というのも認められないと言ったことも分かる。
もし変な気を起こした男が、そのままアイドルたちを拉致というのも有り得るから。
「いい、大枝六道! アタシっていう未来のトップアイドルを送迎させてあげるんだから、心の底から誇りなさい!」
「はは……うん、そうだな。君みたいな可愛い子を運べるのは嬉しいことかもね」
「っ!? ……そ、そう。まあ殊勝な心構えね」
「タマちゃん、顔赤いけど大丈夫です?」
「なっ、何でもないわよっ! ていうか大枝六道、いつまでこっち見てんのよ! お金とるわよ!」
「そんな理不尽な。というより、フルネームを呼ぶっていちいち面倒じゃないか?」
「じゃ、じゃあ何て呼んでもらいたいのよ?」
「いやまあ、好きに呼んでくれていいけど。大枝でも、六道でも」
「フーン、じゃあ六道って呼ぶことにするわ」
「わたしはお兄さんって呼んでもいいですか?」
「うん、二人ともそれでいいよ。これからよろしくな、空宮さん、福音さん」
「あ、あのお兄さん、わたしは小稲って呼んでください。みんなにもそう呼んでもらってますので」
「分かったよ、小稲ちゃん」
福音……いや、小稲ちゃんの好感度はそこそこ上がったようだ。名前呼びに、それ以上のやり取りがなかったということは、空宮に関してはそのままということだろう。
「ところで社長、この事務所に所属しているアイドルは二人だけ、ですか?」
「あと三人いるわよぉ。一人は雑誌取材で出払ってて、残り二人は下でレッスン中なのぉ」
「つまり計五人か。……下でレッスン?」
「このビルに地下があるのよぉ。そこでレッスンしたり、ミーティングしたりするわねぇ」
あの地下に通じる階段。なるほど、レッスン用の部屋があるようだ。どうやら俺がここに来てしばらくした時に、社長たちが外からやってきたが、恐らくレッスン室に行っていたのだろう。
「二階は韓国料理店でぇ、三階は物置として利用しているわぁ」
「そうですか。できれば他の子たちにも挨拶をしておきたいんですけど」
「もう少しでレッスンも終わりだからぁ……って、あらぁ、噂をすればぁ」
誰かが建物の中に入ってくる気配を感じ、横森さんが「二人とも、こっち来てください」と声をかけた。
二つの足音が、徐々に近づいてきて、パーテーションから顔を覗かせる。
そして俺を見た一人の少女が、笑顔を浮かべながら近づいてきた。
「わぁ! もしかしてあなたが今度新しく雇うってことになったドライバーさんですか!」
年の頃は高校生くらい、だろうか。人懐っこそうな笑顔が特徴の、ザ・アイドルって感じの子だ。空宮や小稲ちゃんと比べると、若干ルックス的な意味で劣るかもしれないが、接しやすそうで、一番親近感を覚える。
そんな彼女のあとには、もう一人の少女が姿を見せた。
見たところ、こちらは小稲よりも年下くらい、だろうか。無表情のまま、俺をジッと見つめている。その表情からは、何を考えているのか分からない。気になるのは、両手でギュッと抱きしめている白猫のぬいぐるみだ。
「六道くん、紹介するわねぇ。こっちの元気一杯の子が――
俺はしっかり二人に挨拶するために、立ち上がって自分の名を名乗る。
「今日からドライバーとして働くことになった大枝六道だ」
「月丘姫香っていいます! 高校二年生です! ドライバーさんは、大枝六道さんっていうんですね! 素敵な名前です! えと、私のことはどうぞ好きに呼んでください! これからよろしくお願いします!」
ハキハキと明朗に喋る月丘。なんていうか、女子高生の圧力って凄い……。
「分かった。なら俺は月丘さんって呼ばせてもらうよ」
次は自分の番とでも思ったのか、百合咲が、トコトコと俺の前まで歩いてきた。そして、ジッと俺を見上げてくる。しばらく沈黙が続く。
……えと、これは俺から話しかけた方がいいのか?
仕方ないので、俺は彼女と目線を合わせるために膝を折って挨拶する。
「さっきも言ったけど、これから君らの送迎をさせてもらう大枝六道だ。よろしくな」
「…………」
……う~ん、どうも無反応過ぎて分からん。
嫌がっているようには見えないし、男だからといって物怖じしている様子もない。本当に何を考えているのか分からない。
「あー……その白猫のぬいぐるみ可愛いな。何て名前か教えてくれるか?」
すると、それまで固まったままの百合咲だったが、少し目を見開くと、
「……この子は……ニオ」
お、ようやく声が聞けた。か細い感じで聞き取りにくいが。
「ニオ? そっか、ニオっていうんだな。良い名前だ。何でニオっていうんだ?」
「ニオってなく……から」
「え? 鳴く? ……もしかして生きてるのか?」
どう見てもぬいぐるみにしか見えないが……。
俺の問いに対し、思った通り百合咲は生きていないという意味を込めるように頭をフルフルと横に振った。
「……でも……ニオはニオーって……なく」
……よし、この子はあれだ。多分不思議ちゃんだ。異世界でも、こういう子はいた。独自の世界観を持っているということである。
「そっか。名前を教えてくれてありがとな」
「……ん。しるしは……しるしっていう」
「分かった。百合咲ちゃん」
「……しるし……でいい」
いきなり名前呼びを許されて、俺が「いいのか?」と尋ねると、彼女は首肯してくれた。
「OKだ。じゃあ、しるしちゃん」
「ちゃんも……いらない。こどもっぽさとか……のーさんきゅぅ」
「そ、そっか……じゃあ、しるし。これからよろしくな」
コクンと頷きを見せると、もう用事は済んだとばかりに、俺から距離を取った。
「これで、今事務所にいる人たちとはぁ、全員と挨拶できたようねぇ」
社長が嬉しそうに、パンと手を叩きながら笑みを浮かべる。
「じゃあさっそくだけど、彼女たちを家まで送ってあげてくれないかしらぁ?」
どうやらすぐにでも仕事があるようだ。俺は「はい」と頷くと、横森さんから、車を駐車している場所を教えてもらい、そこから事務所の前まで車を持ってくることになった。
俺は鍵を受け取り、そのまま事務所を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます