第12話

「えぇっ!? 叔母さんってば、お兄ちゃんにお仕事を紹介しちゃったのぉ!?」


 あまりの驚きに、パソコンで作業をしている私――朝田希魅に向かって、我が愛する姪っ子が叫んだあと固まっていた。


「ええ、そうよ。だって、いまだに就職に苦労してるみたいだったしねぇ」


 カタカタとキーボードを叩きながら、私は肩を軽く竦めつつ言った。


「何で!? 何でそんな余計なことをしちゃうのさぁ!」

「ん? 余計な……こと?」


 姪っ子――大枝鈴音の言葉に違和感を嗅ぎ取り、私は手を止めてジトッとした眼差しをぶつけた。すると、彼女はドキッとした表情をすると、すぐに顔を背けた。


「……はは~ん、や~っぱり鈴ちゃんってばぁ、お兄ちゃんに帰ってきてほしいんだぁ?」

「っ!? ち、ちちち違うし! お、兄ちゃんみたいなコミュ障が社会に出たら迷惑かけちゃうから、仕方なく家でできる仕事をしてればいいって思ってるだけだしっ!」


 あらら、顔真っ赤にしちゃって、可愛いんだから。


「だーかーらー、それ結局家に帰ってきて、ず~っといてほしいってことでしょ?」

「ちゃ、ちゃうもん! そんなんちゃうもん! お兄ちゃんは、ウチに心配かけた分だけ、お世話せなあかんってことやもんっ!」


 おやおや、感情が昂って普段抑えている関西弁が出てしまっている。私や、私の姉は元々関西出身であり、この子や、その兄である六道もまた、小さい頃は関西に住んでいた。

 だからこんなふうに冷静さを欠いた時は、つい癖で出てしまうのだろう。


「まあ確かに、行方不明になってた期間は心配したもんねぇ」


 あの時は、さすがの私も焦った。バイト先に出かけた六ちゃんが、突如いなくなったのだ。もちろんその事実に、私はすぐに警察に頼んで捜索してもらった。


 だが、どこを探しても、六ちゃんの足跡は掴めなかったのである。最寄りの駅を利用してどこかへ行ったのかと思ったが、監視カメラを確認してもらっても、その姿は発見できなかった。またタクシー会社やバス会社にも手掛かりを求めたが、それらしい少年の情報はなかったのである。

 まるで神隠しでもあったかのように、忽然と姿を消した六ちゃん。


 その時の鈴ちゃんは本当に酷いものだった。自分でも探すといって、授業もそっちのけで捜し歩き、疲れて寝たと思ったら、ずっと泣いていたり、とにかく六ちゃんがいなくなって、一番悲しんで身も心も疲弊したのは間違いなく鈴ちゃんだろう。


 無理もない。彼女にとって六ちゃんは、身内ということもあるが、精神的な支柱であり、この世の誰よりも信頼できる人物だったから。元々仲の良い兄妹だったが、両親が他界してから依存度が高くなったのだろう。

 そんな愛する兄を消失し、鈴ちゃんは絶望に苛まれていた。明朗快活な女の子が、一日中悲しみに包まれた表情をしている。本当に見ていられなかった。


 このままでは、鈴ちゃんすらも、どこか遠くへ行ってしまいそうで、私は姉の忘れ形見である子供たちを守るために、まず鈴ちゃんの心の支えになるように努めた。必ず六ちゃんは帰ってくると信じて。


 献身的に接することで、少しずつだったが、互いに会話するようになった。それでも毎日、鈴ちゃんは泣いていたようだが。


 しかし三カ月後――何事もなかったかのように、六ちゃんが帰ってきたのである。

当然嬉しかった。怪我もなく、無事に戻ってきてくれた。それだけで良かった。

 ただ、やはり気になったのは、今までどこにいたのか、ということだ。


 本人は、記憶喪失で、どこかの山奥の小屋に閉じ込められていたと話していたが、あれは恐らく嘘だろう。 

 元々嘘が苦手な六ちゃんだ。叔母の私でもハッキリと分かった。


 警察も多分気づいていただろうが、それ以上、何も言わない六ちゃんに対し、さすがに追及はしなかったらしい。中には狂言誘拐かと口にする者までいたが。

 ただ私は心配はしたものの、こうして無事に帰ってきてくれたのなら良い。ちゃんと謝ってくれたし、彼は本当に良い子なので、二度とこんな心配事を引き起こしたりしないだろう。


 しかし、それでは納得できない子が一人いた。

 もちろん、鈴ちゃんである。


 私でさえ、彼が嘘を吐いていたのを見抜いたのだ。ずっと傍にいた鈴ちゃんが見抜けないわけがない。

 それから鈴ちゃんは、真実を知ろうと、毎日毎日六ちゃんに詰め寄っていた。六ちゃんも、何故そんなに必死になって隠そうとするのか、結局真実は語らなかったのである。


 そんな態度が気に食わないようで、鈴ちゃんの怒りのボルテージはマックスに上がってしまい、事あるごとに六ちゃんを監視し、何か気に入らない行動をすると、すぐに注意するようになったのである。


 今までそんなことしたことなどなかった妹の態度に、六ちゃんは困惑しっ放しになった。それに加えて、彼はバカ真面目で家族思いでもある。だから、生活面で私の負担にならないように、普段から気を遣っていたし、高校卒業と同時に家を出てしまった。


 あの子は、本当に不器用なんだから。


 確かに私も身内とはいっても、この子たちの親の妹で、ずっと一緒にいた存在でもない。けれど、私的には幼い頃から知っている分、本当に可愛い甥っ子姪っ子だ。

 だからお金関係も、別に苦労していないし、将来についても頼ってほしいのだが……。


 だけど、六ちゃんはそこまで世話になれないと、大学進学も諦めて就職を選んだ。そして、その件に関しても鈴ちゃんは怒りを抱えている。

 鈴ちゃんもまた、自分の進学のために、六ちゃんが進学を諦めて仕事に従事しようとしていることは理解しているのだ。


 そんな諸々の事情が重なって、現在兄妹の間で小さな戦争が勃発してしまっている。とはいっても私から見たら可愛いものだ。

 単に、六ちゃんも鈴ちゃんも、互いに互いを思って意地になっているだけ。


 六ちゃんは、鈴ちゃんの傍にいたら勉強や学生生活の邪魔になるからといって離れ、鈴ちゃんは、そんなことを気にせずに、傍にいて欲しいと思っている。

 私としては二人が一緒にいるのが一番良いと思うが、六ちゃんもまた社会に出た大人であり、生活の自由を選ぶ権利がある。


 それに、そんなにまで頑張ろうとしている彼の意思を尊重もしてやりたいと思う。

 鈴ちゃんも、六ちゃんが行方不明になる前までは、あれだけ素直だったのに、変なこじれ方をしてしまって、真っ直ぐに甘えることができなくなってしまっている。


 多分、年頃ということもあって恥ずかしいという気持ちもあるのだろう。けれど、鈴ちゃんが六ちゃんのことを大好きなのは一目瞭然。

 まあ、もしかしたら六ちゃんってば、自分が嫌われてるって思ってるかもしれないけど。六ちゃんは色々鈍いところがあるから。


 というか、本当に嫌いなら、いくら私の頼みでも、仕送りを六ちゃんの家まで持っていくなんてしないだろう。


 それに私が頼んでないのに、六ちゃんの洗濯物とかも持って帰ってきて、こそこそ洗ってたしね。あれ、私にバレてないって思ってるのかしらねぇ。


 もうこの行動だけで、兄のことを大切に想っていることが伝わってくる。


「もー、聞いてるの、キーちゃん!」


 物思いに耽っていたが、ふと我に返ってみると、頬を膨らませた小動物のような鈴ちゃんがいた。


「えーと、何の話だっけ?」

「だ・か・ら! その……えと…………お兄ちゃんにどんなお仕事を紹介したの?」


 モジモジしながら聞いてくる。そんなに気になるなら本人に直接聞けばいいのに。


 ……あ、いいこと思い付いた。


「そうねー、一言で言っちゃえばぁ……」

「言っちゃえば?」

「…………女の子で溢れてる職場かな!」

「……は?」


 案の定、私の言葉に衝撃を受けて硬直する鈴ちゃん。そして、数秒後――。


「ええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 うんうん、耳を塞いでて良かった良かった。さすが私、ナイス!


「ちょ、ちょちょちょ! どういうことなの、キーちゃんっ!」


 私に詰め寄ってきて、両肩を揺らし始める。


「いや、その、ちょ……止め……は、吐くから……うぷっ」


 そんなに揺らしちゃダメ。思わず腹の底から練り上がってくるものがあるから。出ちゃう、出ちゃうからそれ以上は止めて!

 とりあえず鈴ちゃんを落ち着かせた後に、彼女に説明することにした。


「さあさあ! キリキリ吐いてもらうからね!」

「ゲロを?」

「キーちゃん、今日の夕食抜きにするよ?」

「あーごめんごめん! それだけはご勘弁を~!」


 べ、別に家事ができないわけじゃないからね! 最低限くらいはできるから! ただ、鈴ちゃんの家事スキルが鬼レベルで、特に料理がプロ並みってことだし! はい、すでに胃袋掴まれてます!


「早く! 説明!」

「はいはい。えーとね、私の学生時代からの後輩でね――」


 そうして、六ちゃんにアイドル事務所のドライバー仕事を紹介したことを伝えた。最も、六ちゃんには詳しいことは伝えなかったけれど。 


 だって、その方が絶対に面白いリアクションすると思ったから。今の鈴ちゃんみたいにね。


 あ、ちなみに鈴ちゃん、信じれないって感じで、虚ろな表情になってブツブツ何か言っている。

 まあ、後輩の篝も見る目はあるし、初対面でもないし、六ちゃんは良い子だし、きっと良い結果に繋がってくれるだろう。


 ……おっと、噂をしてれば、その篝からスマホにメッセージが届いた。


 確認してみて、私はクスッと笑みを浮かべる。


「いや待って、そうだよ。まだ間に合うはず。今すぐお兄ちゃんに電話して呼び出して……」

「あ、それもう手遅れだよ?」

「ふぇ?」


 私は、篝から送られてきたメッセージを見せる。そこには、六ちゃんの面接の結果が記されていた。


「六ちゃん、見事に採用だって! やったね、六ちゃん! これでハーレム道まっしぐらだぁ!」

「ハ、ハ、ハーレみゅ~……きゅ~」


 処理し切れなくて、パンクしてしまったようだ。私はのぼせて倒れてしまった鈴ちゃんに「大丈夫?」と声をかける。

 しかし、彼女は小声で「お兄ちゃんが……お兄ちゃんが……」と口にし続けていた。


 ……うん、鈴ちゃんってば、想像通りの反応!


 私は満足して頷くと、スマホを見てニコッと口角を上げる。


「大変だろうけど、これから頑張ってね、六ちゃん!」


 きっとあの子なら、どんな仕事もこなせると心の中でエールを送った。




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