第13話

 言われた通りに、事務所の前まで車――ハイエースを回してきた俺。

 すると、待っていましたと言わんばかりに、空宮たちが次々と乗り込んで、後部座席に座っていく。


「あれ? 横森さんも帰られるんですか?」


 助手席に「失礼します」と言いながら乗り込んできた。


「はい、最初なので、道案内として。近道とか抜け道とか教えておきますね!」


 そうは言うが、恐らくはアイドルたちを不安にさせないためだろう。俺は男だ。いきなり信用させるのは無理がある。いくら社長個人が信じていても、アイドルたちのストレス負担にならないためにも、横森さんに監視も含めて同乗を促したのかもしれない。


 こちらとしても、若い子たちばかりよりも、年の近そうな横森さんがいた方が、変に緊張しないので助かる。

 アイドルたちが全員乗ったのを確認してから、車をスタートさせていく。


 横森さんの案内で、車を走らせている。後ろでは、アイドルの卵たちが楽しそうに談笑していた。俺は、それをBGMにしている。


「ねえねえ、タマモちゃん! 今日の私のダンスレッスンどうだった? 上手くできてた?」


 そう問うのは、明るさが特徴的な月丘さんである。


「そうねぇ、音は取れてたけど、まだまだね。ぎこちないところも多かったし、後半なんて明らかに体力不足よ」

「うぅ……やっぱりかぁ」

「で、でもでも! 最初の頃よりはうんと上手になってると思います!」


 正直過ぎる空宮の意見に落ち込む月丘を見て、慌ててフォローに入っている小稲。


「ほんと!? ほんとに私ってば上手くなってる!?」

「はい! もちろんですよ!」


 褒められ上機嫌になる月丘だったが……。


「そりゃあ、最初なんてダンスのダの字も知らない素人だったんだもの。少しは慣れてもらわないと、今後が心配よ」


 またも的を射るような空宮の発言で、「はぅ!?」と月丘が項垂れる。


「ヒメは……頑張ってる」


 そこへ、今までニオ―を撫でながら黙っていたしるしが口を開いた。


「努力してても結果に結びつかないんじゃ意味がないわよ」


 またもシビアなことを空宮は言う。


「あの、横森さん、空宮ってかなり現実主義なんですかね?」


 空宮に気づかれないように、なるべく声を潜めて横森さんに聞いた。


「はは……タマモちゃんは自分にも他人にも厳しい子ですから。でも、ああいう子がいた方が私は良いと思いますよ」


 確かに、ユルユルで仲が良いだけでは、荒波暴風地帯である芸能界を渡っていけないだろう。ああやって気を引き締めてくれるようなメンバーがいてくれれば、ほどよい緊張感を維持することだってできる。


 やり過ぎてしまえば、ただの嫌われ役になってしまうが、彼女たちを見れば、空宮の態度に対し前向き姿勢なので、空宮への信頼度の高さが窺える。


「元々タマモちゃんは子役でのデビュー経験があるんですよ。『ふっくらポン』ってご存じですか?」

「ふっくら……ああ! 昔朝ドラでやってた……? あの和菓子屋を題材にしたやつですよね?」

「はい。その時に、〝おまり〟って子供いたの覚えていませんか?」

「おまり……あ、確かにいましたね。え? もしかして……」


 俺がハッとなると、横森さんはニコッと笑みを浮かべて頷く。

 その朝ドラは視聴率も良く、幅広い層に人気を博していた。主人公の少女をこなした女優は、今ではもう大女優ともいえるほどの大活躍ぶりだ。そして、そんな主人公の妹役――おまりをしたのが空宮らしい。


 確か、俺が小学生の頃にやっていた朝ドラなので、かなり前なのは覚えている。

 そう言われれば、あの時に見たおまりと、今の空宮を比べると似通っているものがあることに気づく。


 でもそっか。だからああやって厳しいことを言えるんだな。


 芸能界の甘いも酸いも知っているからこその言葉。


「へぇ、じゃあこの中の誰よりも芸歴は長いんですね。でも、子役でドラマデビューなら、そのまま女優を目指すって道もあったと思うんですけどね」

「私たちも最初は驚きましたよ。何せ大人気子役だった子が、アイドルになりたいって事務所を訪ねてきたんですから」

「やっぱり女の子はアイドルに憧れるってことですかね」

「そういう子が多いのは間違いないですよ。ただ、タマモちゃんにとってはそれだけじゃないみたいですけど……」

「え? それはどういう……」


 何だか気になる事情が出たので、反射的に聞こうとしたその時だ。


「あぁぁぁぁーっ!」


 思わず急ブレーキを踏んでしまいそうになるほどの大声が車内に響き渡った。

 声を出したのは、どうやら月丘のようだ。


「ちょ、ちょっと姫香! いきなり叫ばないでよ! ビックリするでしょうが!」


 皆の思いを代弁するように空宮が叱りつける。


「あ、ごめんごめん! でも大切なことを忘れてたよ!」

「何よ、大切なことって?」


 当然空宮だけでなく、俺たちも気になった。そこまで気にするようなことがあるらしい。


「ドライバーさんの歓迎会しなくちゃ!」

『…………は?』


 一瞬時が凍り、動いたと思ったら、月丘以外がハモってしまった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る