第64話
声に反応して振り返ると同時に、小さい影が俺の腰辺りに抱き着いてくる。
害ある存在ならば、当然のように回避するが、それが無邪気な子供だということは分かっていたので受け止めた。
そしてその子が、抱き着きながら俺を見上げてくる。
別にここで遭遇すること自体は決して珍しくない。むしろ会う可能性も高かった。何故ならその子は――。
「よ、久しぶりだな、ひょーちゃん」
銀堂雪華の妹である氷華だったから。
「えへへ、ひちゃちぶりなの!」
あれれ、天使かな?
何ともまあ、愛らしい笑顔を見えてくれる。このままついお持ち帰りしたくなってしまう。
「――こ、こら、ひょーちゃん! すみませんっ、うちの氷華が!」
慌てた様子で駆け寄ってきたのは、これまた雪華や氷華と雰囲気が似た少女だった。
「あ、ふーくん、このひとがすなのおにいちゃんだよぉ!」
「え? す、すなのって……?」
近づいてきた少女が、困惑気味に俺を見つめている。年の頃は十歳くらい、だろうか? 短髪の上、Tシャツに短パンと、どこか活発そうなスポーツ少年のような印象をも受ける。
しかし顔立ちは雪華を幼くした感じで愛らしく、間違いなく血の繋がりを覚える。
「え、えと、あなたがもしかして砂場で会ったお兄さん、ですか?」
なるほど。氷華の言った〝すなのおにいちゃん〟とはそういう意味だったか。
「そうだな。前に公園で会ったのは確かだ。その時にこの子のお姉さんの雪華さんにも会ったよ」
「そ、そうでしたか」
俺の言葉を受けて、どこかホッと息を吐く少女。まあ、もし違っていたら知らない男性に妹が飛びついたことになるのだから安堵するのも仕方ない。
「あ、その節は妹が大変お世話になったようで。ありがとうございました」
ペコリと丁寧に頭を下げる姿を見て、俺は反射的に感心する。
態度だけでなく言葉遣いまできちんとしている。とても十歳かそこらが示せる言動ではなかったからだ。
「いいや、俺も楽しませてもらったから。な、ひょーちゃん?」
「うん! えへへ~」
俺が頭を優しく撫でてやると、氷華は嬉しそうに笑っている。
ああ、鈴音にもこんな時期があったなぁ。
もう可愛いだけしかない頃。いや、今でも十分過ぎるほど可愛いのだが、それでも幼い頃はもっと破壊的な愛らしさを纏っていたものだ。今のこの子のように。
「あ、申し遅れました! 僕はその子の兄の銀堂
「そっか…………ん?」
あれれ? 今、聞き捨てられないことを聞いたような……。
「えっと今、この子の兄って言わなかった? 銀堂……冬樹……ちゃん?」
「ふぇ? あ、あの……で、できればちゃん付けはちょっと……」
「わ、悪い! ……マジで男なの……か?」
「はは……よく言われますけど、こう見えてれっきとした男の子ですよぉ」
少し膨れっ面で言う表情は、どう見ても美少女にしか見えない。
「なるほど、これがリアル男の娘か」
「はい、男の子です!」
男だと認識してくれたことが嬉しいのか、パッと華が咲いたように笑顔を見せる冬樹。
しかし本当に美少女のような少年――男の娘が存在するとは。異世界でも会ったことがないというのに。この世界には、まだまだ不思議が転がっているということか。
「あ、あのぉ……そんなに見つめられるとちょっと……照れますぅ」
俺がついつい押し黙り見つめていたせいか、恥ずかしそうに頬を紅潮させてモゾモゾし始める冬樹。君、ホントに男の子だよね?
「おっと、悪い悪い。じゃあ俺も名乗らないとな。俺は大枝六道。大枝でも六道でも好きなように呼んでくれ」
「はい! ではその……六道お兄さん、って呼んでもいいですか?」
だからそんな可愛い顔して、頬を染めながら上目遣いはダメだって。ここにショタかロリコンだったらそのまま攫われちゃうぞ? そんで闇オークションにかけられて……って、それは異世界の話だったわ。
どうしてここに来ているのか、理由には見当はついているが、一応話のタネとして尋ねると、やはり雪華の応援に来ていたらしい。
どうやら銀堂家では、三人兄弟らしく、一番上が雪華で、その次が長男の冬樹。そして末妹に氷華とのこと。
俺が間違えたように、初めて会う人たちからは当然のように三姉妹として対応されてしまうようだ。まあ、これだけ愛らしい顔立ちならば仕方ないだろう。
冬樹も、できるだけ男っぽくしているつもりらしいが、なかなか思うような反応が返ってこないことが残念だという。
そうして三人で話していると、ステージ上でリハーサルを行っていた雪華が、こちらの存在に気づいたように一瞬ハッとするが、それでもすぐに仕事モードに戻っていく。
一応冬樹たちは彼女に向かって手を振ったが、さすがに仕事中に振り返すようなことはしなかった。氷華だけは、その態度に若干不満そうだったが、何とか冬樹が慰めたお蔭か泣いたりはしなかったのである。
「そういえば、姉さんが言ってたんですけど、六道お兄さんもアイドル事務所に勤めてらっしゃるんですよね?」
「ああ、君らのお姉さんのライブのあとに、ここでデビューライブする予定のアイドルたちのドライバーをしてる」
「へぇ、何かドライバーってかっこいいですね!」
「え、そうか? 普通に車を運転してるだけだぞ?」
「だって、アイドルたちの安全を守って目的地へと送るって、何かSPみたいで!」
「はは、それってボディガードだろ? まあ……似たようなことはしたことあるけど」
それはまだ勤める前ではあったが、空宮と小稲をバカな男どもから助けたことはある。
「やっぱり! はぁ……僕も誰かを守れるくらいに強かったらいいのに……」
急にしょんぼりして項垂れる冬樹。何か思うところがあるのか、「何かあったのか?」と聞いてみた。
「僕は……いつも姉さんに守られてばかりで…………何もできていないので」
「それは……まだ小学生なんだろ? 仕方ないと思うぞ」
聞けば俺が予想した通り十歳とのこと。というか、小学生がそんなことを考えるなんて、普通はしないと思うが……。
「……姉さんは、僕たちのために毎日頑張ってくれているんです。ううん、それだけじゃありません。お母さんのことだって……」
その時、不意に背後から「六道くん!」と俺を呼ぶ声が響いた。
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