第65話

 どうやら社長が声をかけてきているようだが、どうにもその表情が強張っている。何かあったのだろうか。


 俺は冬樹たちに「悪いな、行かないと」と言い、少し寂しそうにする氷華の頭を撫でて「またな」と最後に告げてその場を離れた。

 社長と合流してすぐに「どうかしたんですか?」と質問をすると、彼女は息を整える間も惜しみ、


「こ、これ見てほしいのよぉ!」


 そう言いながら自身のスマホを見せてきた。


 画面は、通話やチャットなどができるコミュニケーションアプリであり、国内でもほとんどの人が活用している。無料だし、簡単にメッセージや動画なども送れるので俺も重宝しているのだ。


 そんなチャット画面が表示されているのだが、社長と誰かとのメッセージのやり取りを見て息を呑む。

 最後の方は、社長が何度も心配そうなメッセージを送った履歴があるが、それもそのはずだ。相手側の最終送信メッセージに不安を煽るような言葉が記されていたのだから。


 ――助け――


 途中で途切れた言葉。やむなくそのまま送ったといった感じが伝わってくる。冗談ならいいが、このメッセージの相手が問題だった。

 何せ、送ってきたのが夕羽だったのだから。


 彼女は今日、ここでライブの予定が入っており、仲間たちがいくら連絡をしても反応が無かった相手だ。さらにこんな冗談を送るような性格でもない。

 つまり〝助け〟とは文字通り、彼女自身かその近辺に助けを求めるような状況に陥っているということだろう。


 連絡が取れなかった状況から、まず間違いなくこちらに助けを求めていることは理解できた。

 俺はここで話を再開するのは問題だと判断し、一旦外に出て社長と話をすることにした。


「……このことを他の皆には?」

「い、言ってないよぉ~! だ、だって絶対にみんな心配するからぁ!」

「ええ、そうですね。今はその方がいいでしょう」


 空宮たちは現在ライブに向けて集中していることだろう。もうすぐリハーサルも始まる。下手に彼女たちに知らせれば、ライブどころではなくなること間違いなしだ。

 かといって黙ったままライブを行わせることもできない。


「ど、どうしよう、六道くん! どうすればいいと思う? そもそも夕羽ちゃんたちに一体何があったんだろぉ……?」


 明らかにパニック状態の社長。無理もない。せっかくの我が社の初めてのアイドルデビューで、こんな予想だにしない事件が起きれば混乱もする。


「とにかく落ち着いてください。十羽さんからは連絡ないんですか?」

「う、うん。夕羽ちゃんからも、これっきりで……」


 二人は一緒じゃないのか? 何で夕羽だけが連絡ができた? それに何でこんなメッセージの途中で切れて……。


 もし何か事故に巻き込まれていたとして、十羽が意識がない状態で夕羽だけが意識があった。しかし夕羽もまたかろうじて意識がある状態であり、助けてほしいとメッセージを送ろうとしたが、そのまま気絶し、その衝撃でメッセージを送ってしまった。


 もしくは単に夕羽は無事だが、スマホの電池が切れたか……いや、準備をしっかりするあの子のことだからそれはないか。それにそれだと今まで返事をしていなかった理由にならないし。


 ならどういう状態でこうなっているのか……?


「け、警察に知らせた方が良いかしらねぇ?」

「……でも、そうなればライブは間違いなく中止になりますよね?」

「それは……そうねぇ」


 こんな状況でさすがにライブなどはできないだろう。空宮たちも大切な仲間が助けを求めているのに、笑顔で客の前に立てはしないはず。まだ彼女たちは精神も未熟なアイドルの卵なのだから。


「っ……残念だけど、今日のライブは中止にするわぁ。それで今すぐ夕羽ちゃんたちの捜索に――」

「待ってください」

「え、待つ? どうしてぇ?」

「全員、この日のために必死に頑張ってきました」

「う、うん、そうね……」

「確かにデビュー日をずらせばいい話かもしれないですけど、もし今回中止にすれば、きっとあることないこと言われて、より空宮さんたちが辛い思いをするかもしれない」

「あることないこと……? それって……っ!?」


 俺の言いたいことが伝わったのか、ハッとした社長がイベントホールがある方向を一瞥し、険しい表情を浮かべて「……原賀くんのことねぇ?」と核心を吐く。


「そうです。奴のことだ。こっちが弱みを見せれば、そこを大々的についてきて、下手をすればデビューすらできない状況になるかもしれません」


 今回中止すれば、間違いなく原賀は前回の夕羽の遅刻なども大げさに語り、アイドルとしての責任やら覚悟やらが不足していると追及してくるだろう。そして事を大きくし、夕羽たちをデビューできなくする危険性も考えられる。


 仮にデビューできても、運にも見放され欠点も多々ある問題アイドルとして認識されれば、当然ファンもつかないし、彼女らにとって大きな心の傷になりかねない。そんなことは認められない。


 確かに世の中は理不尽に溢れている。努力が必ず報われるわけではないし、強者によって力尽くで叩き潰されることだってあるだろう。

 しかしそれでも……それでも、あんなにも頑張ってきた彼女たちが、裏切ったクソ野郎に好き勝手されるのは耐えられない。


 彼女たちが自分たちがやってきたことを、思う存分発揮してほしい。たとえ結果が、希望通りにいかなくとも、それでも自分を出せる舞台だけは整えてやりたい。それが俺が今できることだと思うから。


「で、でもどうするのぉ? 夕羽ちゃんがどこにいるのか、どうなっているのかも分かんないのにぃ……!」


 社長の不安は当然だ。普通に考えれば俺が言っていることが間違いだろう。たとえ夕羽が間に合わなくても、何とか残っているアイドルたちでデビューライブをするのが正しいのかもしれない。


 けれどそれはあくまでも普通ならの話だ。


「俺が……俺が――――夕羽たちを迎えに行きます」





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