第50話

 交渉で決まったことを、【マジカルアワー】の社長である絵仏篝から、アイドルたちに伝えられた。


 実際のところ、デビューライブが中止になる可能性が高かったため、月丘たちはたとえ時間が半分になったとしても喜んでいた。


 当然、アイドルたちは当日に最高のパフォーマンスができるようにやる気に満ちているが、その中で、空宮と夕羽だけは険しい顔つきを浮かべている。

 気になったので、空宮に「どうかしたか?」と尋ねてみた。すると、彼女もやはり以外にスムーズに話が進んだことに対して疑心暗鬼に陥っていたようだ。


 夕羽も同じようで、あれだけの力を持つ事務所が、わざわざ時間を折半する理由が分からないと口にする。

 その疑惑は、社長や十羽も抱いていたらしく、同様に難しそうな表情を見せていたのだが、


「別にいいじゃないですか!」


 陽気な声が、皆の意識を集めた。声の主は――月丘だ。


「確かにちょっと気になることがあるかもですけど、それでもお客さんの前でライブができるんですから! だったら私たちのやるべきことはたった一つじゃないですか! アイドルとして、全力で踊って歌う! それだけです!」


 まるで闇を払うような明るい声音は、夕羽たちの陰りを取っ払った。

 彼女のお蔭か、次第に社長たちに笑みが戻ってくる。


「そうよねぇ、姫香ちゃんの言う通りだわぁ。私たちは当日、あなたたちが全力でパフォーマンスができるように場を整えるだけ。ね、香苗ちゃん、十羽ちゃん」


 社長の声掛けに、横森さんと十羽が揃って頷く。


「まったく、アンタは無頓着でいいわね。けど、言っていることは一理あるわ」

「タマモちゃん!」

「アタシたちはアイドル。だったら相手が何をしてこようが、ただステージに立って輝けばいいだけ。そうよね、小稲?」

「はやや!? え、えとえと……う、うん。わたし……ドジでのろまだけど……精一杯頑張りましゅ!」


 小稲も問題なく前を見据えているようだ。


「ん……しるしも……たくさんおどってうたう」


 普段通り無感情に見えるが、眼の奥にメラメラと燃える炎があることに俺は気づく。以外にも内面には熱いものを抱えているらしい。

 皆の心が一つになったところで、パンッと手を叩く音が響く。全員が音を出した張本人である社長に顔を向ける。


「ん~いい感じねぇ。よーし、み~んな一丸となって、絶対にデビューライブを成功させよぉ~!」

「「「「おお~!」」」」


 【スターキャッスル】についてはきな臭さをいまだ感じるが、こちらの士気は逆に上がったようだ。なら俺は、彼女たちが一秒でも早くレッスンしたり、家に帰って身体を休めることができように、いつも以上にドライバーとして貢献しよう。








 日々、我が社のアイドルたちはレッスンにレッスンを重ねている。


 授業が終われば、すぐに俺は彼女たちを迎えに行き、事務所へと急ぐ。土日祝日は、午前から午後まで、まるで強豪校の部活のような熾烈なレッスンを行う。


 そうして彼女たちは時間の許す限り、体力の続く限り必死に頑張っている。

 現在、俺は地下のレッスン室にて、空宮たちが鏡の前でダンスレッスンをしている様子を見ていた。


 当日のデビュー曲はすでに決まっていて、ダンスも完成形は決定している。ちなみにダンスを教示するのは、社長が一時的に契約雇用をしているダンサーの富士川リナだ。


 これでもリナはかつて、世界の歌姫と呼ばれた人物のバックダンサーを経験したこともある大物で、とても弱小事務所が雇える相手ではない。

 なら何故彼女が、こうしてわざわざ出向いてダンスを教えているのかというと、社長の父が知り合いだったようで、その伝手で一時的に手伝ってくれるようになったとのこと。


 また歌のレッスンも、リナ同様に外から一時的に雇っている人物がいるが、これも社長の父の紹介らしい。

 どうやら社長の親は、ずいぶんとこの業界に顔が広いようだ。

 大手なら専属トレーナーなどを雇っているのだろうが、常駐させられるほどの資金は【マジカルアワー】にはまだない。


「はいはい、笑顔を忘れてる! 疲れてる顔しない! 本番はそこに歌も入るんだからな!」


 手拍子でリズムを取りながら、必死な形相で踊っているアイドルたちに激を飛ばすリナ。

 それにしても確かに激しいレッスンだ。アイドルたちは、ステージに立つために、事前にここまでの努力をこなす。


 実際、踊りながら歌うというのは、見ている以上にキツイだろう。しかもアイドルらしく愛嬌を見せる必要もある。

 ファンたちが舞台で見ている彼女たちの裏側を見ると、あれだけの輝きを放つには、やはり相応の労力を必要とするわけだ。


「華やかな世界を支えているのは、泥臭い根性ってことか」


 今にも倒れそうになりながらも、必死で動き回っている彼女たちを見て、どこか懐かしさを覚える。


 俺もまた、何も知らない異世界で右往左往しながらも、自分のできることをしてきた。血反吐を吐くくらいの鍛錬もやったし、体中の骨にヒビが入ったことも、折れて砕けたりしたこともあった。


 内臓が破裂し、腕や足が引き千切られたこともあった。それでも向こうでは治癒魔法などのファンタジーがあったため、こうして今は五体満足でいるが、それでも艱難辛苦を乗り越えた身としては、彼女たちの頑張りに、思わず目頭が熱くなる。

 当然規模は違うものの、目標に向かって突き進む姿は、過去の自分と重なった。


「よーし! 五分間休憩! ちゃんとストレッチはしとけよー!」


 リナの声に、絶え絶えといった感じでも皆が返事をして身体を休める。

 俺は差し入れも持ってきたスポーツドリンクと、真新しいタオルを彼女たちに渡していく。




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