第1話

「――――本当にお帰りになられるのですか?」


 そう俺に問うたのは、後光を放ちながら宙に浮いている存在だ。背中には白光の翼を有し、汚れ一つない純白の衣を纏う、神々しさを放つ明らかに人ではない者。

 しかしながら、万人が魅了されるほどの美を持ち、まるでそう……女神。

 いや、本人曰く『造物主』らしいので、神とも呼ぶべき存在ではあろう。


 その名は――ユミリティア。


 俺を、この異世界に召喚した張本人である。


「悪いけど、そういう約束だったろ?」


 俺はそんな超常存在相手に憮然としたまま答えた。


「アンタは俺をこっちの世界に召喚した。俺に承諾もなく無理矢理、な」

「そ、それは……申し訳ありませんでした」


 まるで親に叱られた子供のようにシュンとなる様子を見て、俺は思わず苦笑する。

 こういう姿を見るのは初めてではないが、本当に神かと疑うほどに人間臭い表現をするのだ。


「あーいや、別にそれはもういい。けど、アンタはこの世界を救ってくれたら、元の世界……日本に戻してくれるって言った」


 それは俺が高校三年生の秋口に、バイト先に向かおうとしていた時だ。突如として足元に魔法陣が出現したと思ったら、次に気が付くと、真っ白い空間に佇んでいた。そして目の前には、今のようにユミリティアが浮かんでいたのである。


 そこで聞かされたのは、彼女が創造し管理しているという異世界について。その異世界に未曽有の危機が訪れているというのだ。それは放置すれば、世界が崩壊しまうほどのもの。


 もうお分かりだろう。俺は彼女によって召喚され、勇者として救世してほしいと頼まれたのだ。

 当然、最初はあまりにも理不尽で勝手な言い分に断った。神と名乗るのだから、自分で何とかしろと言った。


 それに俺には、異世界を救っている時間なんてない。すぐに戻って妹の世話をしなきゃならないのだ。両親はもういない……あの子を、一人になんてできなかった。


 だがそこで、ユミリティアが泣き出し、もう俺しか頼れる者がいないのだと言う。創った世界に対し、直接関与することは、神々の中で禁止されているらしい。この召喚だって苦肉の策であり、神としても黒寄りに近いグレーだと嘆いた。もし他の神々にバレれば、相応の罰を受けることになる、と。


 そんな彼女を見て、まるで自分が泣かせているような気持ちになった。泣いている女性が苦手で、直面すると本当にどうすればいいか分からずパニックになる。できれば女性には笑っていてほしい。というより、単純に笑顔を浮かべる女性が好きだっていう理由だが。だから俺は、


『あー分かったよ。けど、約束してほしい。異世界を救ったら、俺を必ず元の場所に戻すって』


 こう言うしかなかった。

 俺が了承すると、彼女は、まるで満開の花が咲いたような笑顔を見せる。その表情を見て、ホッとしたのを覚えている。


 そうして俺は、『造物主の加護』という力を与えられ、異世界へと降り立つことになった。

 異世界は、それこそ漫画やアニメのように、モンスターが出てくるし、盗賊や悪党なども多く、明らかに日本より治安も悪く死亡リスクが高かった。


 だが、俺は加護のお蔭もあって、異世界で修行をして強くなり、強い仲間たちも得て、見事一年半という劇的に短い期間で、ゲームでいうところのラスボスを倒し、こうして再びユミリティアとの再会にこぎつけたのである。


 ユミリティア曰く、世界の荒れようから考慮して、三年以上はかかると思っていたようで、俺の活躍には舌を巻いていたらしい。


「……分かりました。約束は守らせて頂きます。……ですが、彼女たちのことは良かったのですか?」


 ユミリティアが言う〝彼女たち〟とは、俺と一緒に戦ってくれた仲間たちのことだ。


「問題ないよ。ちゃんと置き手紙はしてきた」

「……直接お話した方が良かったと思うのですが……」

「湿っぽいのは苦手でね。それに彼女たちには、それぞれ帰る場所だってある。俺もまた、自分の居場所に戻るだけだって」


 仲間の中には、王女や騎士、武闘家や賢者なんてのもいたが、みんな故郷や自宅も存在し、平和になればそこへ帰ると口にしていた。

 ただ、それぞれが俺にも一緒についてきてほしいと言っていたのは困ったが。何せ俺は一人しかいないし、同時に彼女たちについていくなんてことはできない。それに俺の帰る場所はそこではないため、きっぱり断っていたはずだ。


「きっと今も、突然あなたが消失してしまい悲しまれていると思いますけれど……」


 確かに友人と別れるのは悲しいことかもしれない。俺だって彼女たちと別れることに、何ら思うところがないわけではない。ただ、俺の役目は終わった。あとは彼女たちが、自分たちの世界をしっかり生き抜いてくれれば良いと思う。

 俺には俺で、優先すべきもののために動くだけだ。


「……ユミリティア」

「はい、何でしょうか?」

「それ以上はもう……終わりにしてくれ。だから……」


 ユミリティアは、俺の意思が固いことを察してか、少し眉をひそめながら「はい」と口にした。


「……最後にですが、私の身勝手な理由で召喚したにもかかわらず、そのお力で私の子供たちを救って頂き本当に感謝しております」


 深々と頭を下げる姿を見て、神が人間に対し、こんな姿を見せていいのかと思った。


「ま、まあ別にいいって。引き受けたのは俺の意思だし。だから……頭を上げてくれ」


 ていうか女神に頭を下げさせたなんて経験、きっと俺の前世、現世、そして来世に至るまで、二度とない珍事件ではなかろうか。


「ふふ、本当にロクミチさんはお優しいですね。あなたを召喚することができて、心から良かったと思います」


 え、笑顔が眩しい!? 思わず跪きそうになる輝きだし!


「そ、そういうのはいいから。ほら、さっさと元の世界に戻してくれ!」


 こういう照れる展開はあまり得意ではないので、早々に切り上げてもらう。


「ふふ、はい、分かりました。では、オオエ・ロクミチ様」


 ユミリティアが、笑顔から真剣な表情へと変えた。


「あなた様のご功績に応え、細やかながらプレゼントをさせて頂きます」

「プレゼント? それって一体……?」

「それは……ふふ、秘密です。ですが、きっとあなた様のお役に立ってくれることでしょう」


 いや、サプライズはいいから、今どんなモノか聞いておきたいんだけど……。

 そう口にしたつもりだが、声には出ずに口パクに終わっていた。気が付けば俺の身体はすでに透けていて、淡い輝きを放っていたのである。


「では、いずれまたお会いできることを祈りつつ――」


 微笑を浮かべるユミリティアを見ていると、突然俺の視界は暗転した。



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