第2話
俺は、住んでいるアパートへと戻ってきた。
名前は――【とどき荘】。
都内なのに、家賃三万五千円という破格の安さだ。叔母さんの紹介であり、ちょうど空き部屋があるということで、脇目も振らずに飛びついた。
風呂無し洗濯機無し六畳一間という狭い物件ではあるが、各部屋にトイレだけはあるので、他のボロアパートと比べても好条件であろう。ちなみに近くに銭湯とコインランドリーがあるので、不潔な生活は送っていないと思う。
それでもこんなに安いのは、管理人の厚意によるものが大きい。あまり金儲けに固執しない人柄なのである。本人は道楽経営だといつも笑っていて、住人たちからも慕われている。
「あんらまあ、お帰んなさい、六道くん」
そう言いながら、ホッとするような笑顔で俺を出迎えてくれたのは、麦わら帽子を被った七十代の婆さんだった。
若干腰が曲がっているものの、まだまだ若い者には負けないと言わんばかりに、この厚い日差しの中でも、揚々とアパート内にある花畑に水やりをしている。
「ただいま、管理人さん」
そう、この人こそアパートの管理人――
「ん~何か元気なさげねぇ。もしかして……また?」
普段通りに声をかけたと思ったが、どうやら管理人さんにはお見通しのようだ。
「あー、また落ちちゃったよ面接」
「そうかい。そりゃあまた残念だったねぇ。あ、ちょっと待っとって」
そう言うと、管理人さんは、一階の端にある自分の部屋に向かう。
言われた通りしばらく待っていると、部屋から出てきた管理人さんは、その手に何かを持っていた。
「ほれ、これでも食べて元気だすんよ」
手渡されたのは、ラップが張られた大きめの器。そこには美味そうな筑前煮が入っている。
「人生、失敗することの方が多いんよ。けんどまあ、諦めずに続けることが大事さね。そうすりゃ、きっといつか良いことが待っとるからねぇ」
管理人さんには、俺が現在就職活動中ということは言ってある。不採用連続記録が更新する度に、いつもこうして慰めてくれる。
俺は苦笑をしながらも、「ありがと」と口にした。正直、食費が浮くのでありがたいし、こうして誰かが自分のために何かをしてくれている事実には嬉しいものがある、
「頑張るよ。そうしなきゃ、また叔母さんにどやされちまうからさ」
「ハッハッハ、
ここを紹介してくれた叔母さんこと朝田希魅は、母の妹である。両親が亡くなって、すぐに俺と妹を心配して身元引受人になってくれた。
小さい頃から可愛がってもらっていたし、幸い独り身だったということもあり、すんなり家族として受け入れてもらえたのである。
しかし二人の子供を引き受けるというのは、想像以上に大変なはず。それまでの生活が一変するし、何より金銭的にも重い。
だから俺は、できるだけバイトに勤しみ、少しでも俺と妹の生活費の足しにできればと働いてきた。叔母さんはそんなことせずに、しっかり勉強して大学に入れと言ったが、さすがに大学資金まで世話にはなれなかった。
叔母さんは気にするなと心配りしてくれたが、そこは俺も譲れずに、俺のために使う金があるなら、せめて妹の将来のために当ててほしいと言って断った。
妹も、なら自分もバイトをすると言ったが、俺は、彼女には俺とは違って良い大学に入るために勉強をしろと強く言いつけた。そのための資金は、俺が稼ぐつもりだった。
今の情勢、男性よりもさらに女性の方が就職難の色が濃いのだ。だからこそ、せめて学歴だけは完璧にしておかないと、それこそ一生バイト生活になる可能性だってある。実際にそういう女性も増えてきているのだから。
今の俺みたいに、臨時のバイトで四苦八苦しながら生計を立てるのは大変だ。
叔母さんにも説得を手伝ってもらい、何とか妹には問題なく学業生活を送らせることができている。
俺にとっては、両親から託された、何よりも大事な肉親だ。幸せになってほしいし、苦労なんてできるだけさせたくない。
「あ、そういえばついさっき、
「え? 鈴音が?」
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