第3話

 大枝鈴音。目に入れても痛くないほどの可愛い妹である。今は高校一年生として、勉学に励んでいる。明るく誰に対しても分け隔てなく接するので、老若男女に好かれるタイプ。よく男にも告白されているらしいが、恋愛には興味はないのか全部断っているようだ。


 できれば優しく甲斐性のある、それでいて金持ちの男が相手なら、俺も安心できるが、そんな男と知り合うなんて学生のうちは難しいだろう。仮にチャラい奴が、鈴音に執拗に接してきたならば、俺の全戦力を持って排除する所存ではあるが。


 ただまあ、そんな愛しい妹なのだが、俺は現在――――嫌われてしまっている。

 その理由は、俺が異世界から帰還した日が問題だった。


 てっきり俺は、召喚された時と同日同時刻に帰還すると思っていたのだ。

 しかし帰ってきてみると、召喚日から数えて三カ月ほど経ってしまっていたのである。


 当然妹は、行方不明となった俺に対し捜索願いを出した……が、もちろん見つかるわけがない。何せ異世界に飛ばされていたのだから。

 そうして約三カ月後、俺はひょっこり戻ってきたわけで、多大な心配をかけてしまったことと、いなくなっていた理由を話せないということで、妹は大激怒したのだ。


 高校は、叔母が休学届を出してくれて、また校長との交渉も行い、何とか補習授業を受けることで、ギリギリ卒業認定をもらうことができた。ただ当然クラスメイトからも、何で急に消失したのか聞かれたが。さすがに異世界で勇者やってましたなんて言えない。


 まあ一応、身内の妹には証拠を提示して証明することはできるものの、大体言い訳したとしても、実際に心配かけたことは事実なので、今も結局は秘密にしている状態だ。


 ちなみに証拠というのは、〝勇者としての力〟である。


 恐らくこれが、ユミリティアが言っていた〝細やかなプレゼント〟なのだろう。

 異世界で鍛えに鍛えまくった超人じみた身体能力もそのままに、この地球には存在しないであろう〝能力〟も使えた。

 先に窃盗野郎を触れずに倒したのも、その〝能力〟の一つ。


 確かに勇者として培った力は便利なものではあるが、使いどころを誤れば、即座に危険人物として認知されてしまう。そこはなるべく気を付ける必要があると思う。


 妹にも教えていないという理由に、もしかしたら、この力のことを話して怖がられたらどうしようという考えもある。何てことはない。ただ俺が臆病なだけなのだ。勇者なのにもかかわらず……。


 まあ、どうしようもなくなった時は、俺だけでも姿をくらまして、どっかの山奥でひっそり暮らすのも悪くないが。そして、陰で妹の幸せへのサポートを行う。

 などと、長々と話したが、つまりはそのような理由で鈴音の不興を買って、いまだに許しを得られていないわけだ。


 当然だろう。叔母にも学校にも迷惑かけたし、バイトだって三カ月も来ない俺を雇い続けることなんてできないわけでクビにされた。そう、これがバイトをクビになった理由だ。


 何とか高卒は得られたものの、いろんな人に心配をかけた理由を正直に話せないんじゃ、鈴音だって納得できないはず。


 一応それらしい嘘――三カ月の間、記憶喪失になっていて、何者かに山奥の小屋に閉じ込められていたという、いかにもな作り話を警察に話した。その間、食事などは提供されていた、と。そして突然記憶が蘇り、何とか隙を見て逃げてきた。


 こっちに戻ってきて、三カ月経っていることに気づいた俺は、すぐにそれらしい〝小屋を山に設置〟し偽装工作を施したため、ある程度の信用は築けたが、それは警察や知り合いなどに対してのみであり、妹の目を欺くことはできなかった。


 俺が嘘を吐いていることは、鈴音には筒抜けだったようで、本当のことを話してと催促してきたのである。だが結局、話せずに現在に至っている。


 そうしてしばらく叔母の家でともに暮らしていたが、俺と鈴音の関係が気まずく、これでは鈴音が集中して勉学に励めないと悟った俺は、高卒後、叔母に頼み込んで一人暮らしをすることになった、というわけだ。


 それから時折、叔母は様子を見に来てくれるが、まだ怒っているであろう鈴音が、俺を訪ねてきたことはなかったので不思議に思った。


「一体何しに来たんだろ……?」


 俺が呟くように口にすると、その言葉を聞いた管理人さんがニコニコしながら、「部屋に行ってみるとええよ」と言ったので、訝しみながら部屋へと向かった。


 俺の部屋は、二階に上がって右端にある。建物自体も古いせいか、歩くと床板が音を鳴らすが、気にせずに部屋へ向かって鍵を開けた。


「……!」


 玄関に入ると、すぐ左側にキッチンがあり、反対側がトイレだ。その奥に六畳間が広がっているが、そこに置いている丸机の上には、大きめの手提げ袋があった。中を見ると、数着の服と、調味料やら果物やらの物資が入っていた。


 さらに机の上には一枚の置き手紙があり、〝叔母さんから〟とだけ書かれている。

 どうやら仕送り、ってことだろう。そんなことしなくていいと俺は言っているが、いつも叔母は気を遣って、こうして定期的に世話を焼いてくれるのだ。


 ただいつもは叔母自身が来るのだが、何で今日は……?


 そう思って、何気なくスマホを見ると。叔母からメッセージが入っていた。確認すると、今日は急な所用で行けなくて、代わりに鈴音に行かせたらしい。

 鈴音は嫌がっていたらしいが、半ば強引に向かわせたとのこと。


「はは、こりゃまた鈴音に迷惑かけちまったかな」


 俺は礼を言おうと、鈴音に電話をしたが、やはり出ない。だからせめてアプリで感謝のメッセージだけでも送っておく。

 すぐに既読にはなるが、それだけで返答はなかった。まあ着信拒否とかされていないだけまだマシかもしれない。


「……あれ? まだ何かあるな」


 袋の中から物資を取り出していると、底には封筒があった。中身を確認してみる。


『今日は行けなくてごめんなさい。鈴ちゃんに行かせたけど、逆効果だったら許してね』


 叔母さんは、何度も俺たちを仲直りさせようとしてくれているが、なかなか上手くいっていない。ありがたいと思っているが、こればかりは、俺が正直に話さない限りは難しいだろう。

 苦笑しながらも続きを読む。


『ところで仕事の件はどう? この間もダメになったって聞いたけど、腐らず体当たりしなさいね。自分で選んだ道なんだから逃げないように。ただ、どうしても辛くなった時は、ココに戻ってきなさい』


 叔母さんは本当に優しい。こうしていつも俺や鈴音のことを想ってくれる。だからできるだけ迷惑をかけたくはない。そのためにも早く仕事を見つけて、立派に自立しなければ。


 すると、叔母さんからの手紙が二枚あることに気づき、最後まで読む前に、二枚目を見ると、そこには地図が描かれていた。


 これは一体……? 


 そう思いながら、手紙の中に答えを探す。


『本当は自分で探す方が良いのかもしれないけれど、もし良かったら、私の知り合いに話を通しておいたから、ココに行ってみなさい』


 どうやら仕事の斡旋だった。


「マジか!? こっちとしちゃスゲエありがたいけど!」


 もし採用してもらえれば、臨時のバイトを転々とする必要もなくなる。余裕が出れば、叔母さんや鈴音に生活資金を送れるかもしれない。

 俺は叔母さんに感謝しつつ、さっそく手紙に書かれている電話番号をかけた。

 叔母さんの紹介だというと、快く面接の日程を組んでくれたのである。


「よっしゃ! 面接は明日の午後二時! 次こそは合格を勝ち取らないとな!」


 叔母さんのメンツにも関わってくるし、今度こそ仕事を手に入れてやると、その日の夜は、精を付けるために、叔母さんからの補給物資を使って、少し贅沢な食事量を取って早めに床に就いた。




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