元勇者、今はアイドルのドライバーやってます
十本スイ
プロローグ
「――――――はぁぁぁぁ。また不採用かぁ……」
俺――
そこには、今日の午前中に受けた就職面接の結果が記されている。
「これで五十件連続……っ」
思わず目頭が熱くなってくる。泣いてない。まだ泣いてないからね。だってもう大分この状況に慣れたから。熱くなった目頭もすぐに冷えるというものだ。
これでも面接時には、できる限りの礼節さを用い、まだ若く、どんなきつい仕事だってこなせるということをアピールしたつもりだ。
力仕事だろうが、事務仕事だろうが、多少危険な仕事だろうが、雇ってくれるなら誠心誠意、この身を捧げるつもりで働くと。
一件目、二件目、三件目と、立て続けに不採用の通知が来た時は、ショックではあったものの、大学卒業者ですら就職難な世界情勢の中、俺みたいな奴が一発で採用を勝ち取れるとは思わなかった。
だから諦めずに片っ端らから履歴書を送ったり、電話をかけたりした。そのうちきっと雇ってくれるところがあるだろうとタカをくくっていた。
しかし想定外なことに、十件、二十件、三十件と積み重なっていくごとに、俺の心は徐々に絶望に苛まれていった。
「俺って、そんなに胡散臭そうに見えたり……とか?」
確かに昔から目つきが悪いとか、仏頂面で感情が分かりにくい、笑顔が怖いなどと言われてきたが、それだって個性の一つじゃねえの? 個性が強いって、それだけで特別じゃねえの? 昔から個性を大切にって社会だって言ってきたよね。だったらもうちょっと採用条件を緩くしてくれたってよくない?
「まあ確かに、俺は高卒だけどさ……」
できれば俺だって大学に行きたかった。だけどそれも難しい環境だったのである。
何せ高二の冬休みに両親が事故で他界してしまい、残された俺と妹は本当に大変だった。本来なら、俺は受験のために、勉強に勤しむ期間ではあるが、それどころではなかった。
そんなに裕福でもなかったが、それでも両親が遺してくれた僅かな金のお蔭で、何とか妹の高校入学、そして三年間の授業料だけは捻出することができた。
ただこんな状況で、金のかかる大学進学なんて、とてもじゃないができなかった。それに俺も、日々の生活資金を稼ぐために、バイトも毎日シフトを入れていたので、さすがに受験勉強に費やす時間がなかったのである。
最も受験生の中には、そんな状況でも要領よく勉強できる奴だっているだろうが、俺には目の前のことでいっぱいで、自分のことに気を回す余裕が存在しなかった。
しかしここで多くの者が、バイトしてたの? じゃあ今は? クビになった? とか思うことだろう。
俺がこうして就職先を熱心に探しているのは、やっていたバイトをクビになったからだ。
俺は妹のためにも、毎日遅刻もなく仕事態度も悪くなかったと思う。それなのに今は無職。その理由は、極めて異質であり、きっとこの世界では俺だけではなかろうか。
何せ俺は――。
「――だ、誰かぁぁぁぁっ!?」
突然背後から悲鳴が聞こえ、振り向くと、そこには倒れた女性一人、そしてその前を原付バイクで爆走するフルフェイス野郎がいた。
しかも、そのフルフェイス野郎の手には、凡そ似合わない高級そうなバッグが握られている。状況から察するに、女性が持っていたバッグを野郎が奪った、いわゆる窃盗だろう。
ここは結構細い路地であり、野郎が前を歩いていた俺に向かって突撃してくる。
「おらぁぁっ、どけやコラァッ!」
どかないと轢き殺すとでも言わんばかりに、バイクのスピードを上げて迫ってきた。
「……ったく、物騒なことで」
就職難からか、最近こう言った犯罪が増えているらしい。気持ちは分かるが、捕まったら人生が台無しになるのにアホな奴らである。
俺は向かってくる野郎に対し、正面で相対すると、野郎は逃げない俺に怒号を飛ばしてきた。
「マジで轢くぞコラァァァッ!」
どうやら殺人罪まで犯すつもりらしい。
はぁぁぁ…………マジでアホだな、コイツ。
ついつい大きな溜息が出るほど呆れてしまう。
俺は、そのまま突っ込んできたバイクに向かって、おもむろに右手をかざす。
野郎は、俺の行動を見て驚いているようだったが、気にせずに轢き殺そうとアクセルをふかす。恐らく時速六十キロくらいだろう。
そんな高速で迫ってきた鉄の塊に対し、俺は右手の平を上に向け、クイッと人差し指だけを曲げた。
「――はひ?」
間抜けな声を出したのは、現在バイクごと空中に投げ出されてしまっているフルフェイス野郎だった。
突然のことで、何が起きているか理解できていない様子だ。それもそのはずで、真っ直ぐ走っていたにもかかわらず、何故かフワリと浮き上がり、高さ五メートルほどの場所にいるのだから当然だろう。
「うっ、わぁぁぁぁぁぁっ!?」
フルフェイス野郎は、空中でバイクと一緒にクルリと回転しながら叫ぶ。驚きからか、ハンドルから手を放してしまい、バイクと離れたまま、重力に従って落下してくる。しかしながら、ただ落下しているだけではなく、高速のまま前方へと飛ばされていた。
先にバイクが地面に落ちて、壊れる音とともに大破しながら前方を転がっていく。
そしてそのあとに、男もまた勢いよく尻から落下すると、
「あぎっ、がぐっ、うぎぃっ、くげぇぇぇっ!?」
何とも情けない声を上げ、面白いように転がっていく。幸いなことに、尻から地面に落ち、また前方には遮るものがなかったため、強烈な衝撃は頭部には走らず、さらには何かにぶつかって、その衝撃で即死、なんていうことはなかった。
ただ、それでも全身を強打した結果、恐らくは、まともに動けないほどのダメージは受けたようで、軽く痙攣したまま横たわっている。
死んでも不思議ではなかった。どうやらまだコイツに、僅かながらでも運は残っているらしい。とはいっても、完全に重症だし、下手をすれば重い後遺症に悩まされるかもしれない。まあ、知ったこっちゃないが。
俺は、フルフェイス野郎が落としたバッグを拾い上げると、大事故を目にしたように硬直している女性へと近づき、
「これ、ここに置いときますね。あ、あと警察への連絡をお願いします」
と言うと、そのまま踵を返して、今もなお全身をピクピクさせている男の脇を通り自宅へと歩く。
あれだけの速度で突っ込んできたバイクから逃げもせず、それどころか不可思議な現象を起こす。明らかに異常だろう。
しかし俺にとって、言うなれば目の前を飛ぶハエを軽く払った程度のこと。そう、こんな事件なんて、俺には事件にもならない些末事。
「……
何せ俺は――――元勇者ですから。
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