第27話

 十羽が懸念した通り、普段よりも道は込んでいたものの、俺が知っている裏道などを通り、何とか最速で目的地へと到着することができた。

 それでも残念ながら遅刻という事実は変わらなかったものの、撮影責任者や関係者に対し、夕羽だけでなく俺たち全員で頭を下げることにした。


 責任者の人たちも、さすがに結構な大所帯で謝罪されるとは思っていなかったのか、ギョッとしていたが、思った以上に気さくな方で、すぐに許してくれて撮影へと突入したのである。


 現在、夕羽はメイク中で、その間に俺は月丘たちと一緒に隅っこの方で待機していた。

 撮影はすでに始まっており、他のモデル役の人たちがカメラの前で、各々の色を存分に発揮している。


 さすがにモデルとして起用されているだけあって、ルックスは素晴らしいものがあり、見ているだけで息を呑んでしまうような魅力が伝わってきた。

 月丘たちも、綺麗な女性たちが次々と撮影される現場に感嘆しているようで、眼を輝かせて見入っている。


 そこへようやく夕羽の出番が来たようで、彼女がスタジオに姿を見せた。


「……お、おお……!?」


 思わず言葉が漏れた。それまでナチュラルメイクをした普段の夕羽しか知らなかったが、モデルとして色付けされた彼女の佇まいに圧倒された。

 まさに〝凛〟という言葉が相応しいだろう。まだ高校生のはずなのに、その立ち振る舞いは妖艶さを持ち合わせた美女。


 いつか見た、エルフ族の里での祭事を思い出す。

 里一番の美女とされる人物が、祭りのために着飾って儀式に舞うのだ。


 その時に見た彼女は、まさに女神とも呼ぶべき美しさを兼ね備えていた。誰もが目を奪われ、言葉を失い、ただただ舞う姿に酔いしれる。

 そんな彼女と遜色ない魅力を、今の夕羽から感じた。


 それは俺だけではなく、月丘たちも同じようで、生温かい溜息を零しながら、撮影に臨んでいる夕羽の姿にうっとりしている。

 ただその中でも、空宮だけは悔しそうに口を尖らせているが。負けず嫌いの彼女らしい態度だ。


 そうか……これがプロの仕事なんだな。


 もちろん夕羽だけではなく、他のモデルたちも凄い。撮影が始まる前は、それこそ普通の子のように笑ったり喋ったりしているが、いざ本番の時には顔つきが違う。まさに仕事人としての表情である。


「はは……凄いもんだな」


 俺はチラリと、今も夕羽に心を奪われている月丘たちを見やる。 

 彼女たちもいずれ、プロとしてステージに立つことだろう。その時、彼女たちのプロとしての姿も見ることができるかもしれない。いや、見てみたいと思った。


 そうして撮影は問題なく終わり、もう一度全員で責任者に頭を下げてから、再び十羽がいる病院へと戻った。

 途中、飲み物を買うと言って、俺は皆と離れて売店で全員分の飲み物を購入し、病室へと向かっている時、前方の壁際に一人の少女が立っていた。


「! ……そんなとこで何してるんだ、八ノ神さん?」


 そう、彼女である。まるで俺を待っているかのように……。

 夕羽は、閉じていた瞼を上げると、キッとした目つきを向けてくる。また何か拒絶的な言葉を吐かれるのかと思い身構えるが……。


「……どうしてですか?」

「へ?」


 いきなりどうしてと言われても、何がどうしてなのかサッパリだ。必死に思い返しても心当たりがない。


「……どうして、ここからスタジオに向かう時に、他の子たちまで一緒に連れて行ったんですか?」

「……ああ、なるほど、そういうことか」


 確かにあの発言をした際、驚いたような顔を彼女はしていた。どうやらずっとそれが気になっていたらしい。


「君が俺を……というか、男を信じていないのは分かってたからな。俺と二人きりだと、撮影にも影響が出てしまうんじゃないかって思って」

「それで……月丘さんたちを?」

「それに、同じ道を歩む仲間が傍にいるだけでも安心できるだろ?」

「それは……」

「大切な人が傷ついたんだ。動揺しない人なんていやしない。けれど、君は気丈にもプロとして仕事に向かう決意をした。ただそれでも不安はあったはずだ。いつも傍にいる人がいないんだから。だからせめて月丘さんたちがいれば、少しでも気が楽になるんじゃないかってな。それに現場でも、君一人で謝り回るよりも、大勢でやった方が効果的かもって打算もあったし。いやぁ、でも監督とか他の人たちが優しくてホッとしたよ、ははは」

「あ、あなたは……っ」


 何かを言いかけるが、彼女は口をそのまま噤む。そしてクルリと踵を返す。


「……今回のことは礼を言っておきます、ありがとうございました。けれど、私はあなたを信用したわけではないので、それを理解しておいてください」

「ああ、覚えとくよ」


 背中越しに言った夕羽は、そのまま振り返ることなく病室へと早足で向かって行った。

 俺はそんな彼女を見つめながらポリポリと頬をかく。


「うーん……やっぱ今どきの子との接し方は難しいなぁ」


 苦笑を浮かべながらも、彼女とは違って、俺はゆっくりと病室へと向かった。





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