第28話
あれから十羽も順調に回復し、後遺症もなく復活を遂げた。それでも大事を取って、数日という時間は費やすことにはなったが。
俺もまた、アイドルたちの送迎と雑用に従事し、仕事が無い日と比べても、明らかに充実した日々を過ごしていたと思う。
ああ、それと少しだけ変わったことはあった。それはあの夕羽の送迎も時折やるようになったことである。
とはいっても、二人きりという場面ではなく、誰かしら一緒に車の中に乗り込んでいる状況ではあるが、それでも完全に拒絶されていた時と比べると大きな違いだろう。
それを聞いて、社長や横森さんも驚いていたが、十羽だけは楽しそうに笑っていた。今は十羽が復活したので、基本的には彼女が夕羽の送迎を担当するが、たまに手が足りない時は俺が送迎することもある。
欲を言えば、もう少し俺に対する態度が軟化すればいいのにとは思うが、それでも人間関係において前進できたと思えば良いだろう。
とまあ、仕事に関することは思った以上に順調ではあるが、ではプライベートではどうかといえば……………………現在、俺は叔母の家で正座中だったりします。
そしてその目前には、仁王様を背負うほど威圧感を漂わせた妹が、冷たい目で俺を見下ろしていた。
一体全体どうしてこうなったのかというと、話は数時間前に遡る。
今日は久方ぶりのオフということで、朝から家でゆっくり惰眠を貪ろうと布団の中にいた時だ。
突如鳴り響いた電話に出ると、その向こうから叔母の声だ聞こえてきた。
何でも休みなら、たまには顔を見せるようにとのことで、少し面倒に思いつつも、俺も近々お邪魔しようと思っていたので、ちょうどいい機会だと気軽な気持ちで向かったのだ。
仕事を斡旋してくれた叔母に関しても、面と向かって礼をしていなかったこともあり、土産を持って叔母の家に入って、リビングに顔を出したその時である。
「――――正座」
今みたいに腕を組みながら仁王立ちしている妹がいて、いきなりの命令が飛び込んできたのである。
当然何事かと困惑して、話を聞こうとしたものの……。
「早く、正座」
「いや、えと……鈴音?」
「……言葉分からないの?」
「な、何でそんなに怒って……それに毎日メッセージくれるのは嬉しいけど、内容が辛辣で――」
「いいから、正座」
「だ、だから……」
「せ・い・ざ」
「…………ハイ」
有無を言わさぬ妹の言葉に、思わずその場で座り込んだというわけである。
何だこの覇気……!? まさか俺が倒した魔王の生まれ変わり……っ!?
そんな有り得ない妄想が膨らむほど、妹から発せられるオーラには戦慄した。
そうして正座をしたはいいが、さっきから妹は何も言わず、ただただ睨みつけてくるだけ。
…………沈黙が痛い。
「……え、えっと……ひ、久しぶり、鈴音」
静けさに耐え切れずに声を発した。
「……うん、そだね。……それで?」
「え?」
「それで、お兄ちゃんは一体いつから変態になっちゃったの?」
一瞬時が凍ったような気がした。
「……は? ちょ、お兄ちゃんは断じて変態なんかじゃないぞ! ちゃんとした健全さには定評のある男子だぞ!」
何せ異世界にいた時も、魅惑的で魅力的な女性たちからのスキンシップにすら耐え抜いた男なのだから。
「ふぅん……じゃあそれをわたしの目を見て言える?」
「もちろんだ!」
俺は真剣な眼差しで、真っ直ぐに鈴音の目を見返した。
しばらくしていると、何故かどんどん鈴音の頬が紅潮し始め、不意に彼女が目を逸らし、
「な、何そんなジッと見つめてくるのさ、バカ」
などと、とても理不尽なことを言われた。
「いや、お前が見ろって言うから……」
「う、うるさい! お兄ちゃんは被告なんだから勝手に発言しちゃダメ!」
「えぇ……」
もうこの子ったらワガママに育っちゃって……。まあこういうところも可愛いと思うんだから、兄という存在は本当に妹には甘い。
「ちょっと、何大声で怒鳴ってるの? 近所迷惑でしょ。あ、お帰り~、六ちゃん」
「叔母さん、ただいま。これお土産です」
そう言って持参した紙袋を手渡す。
「あら、こういうこともできるようになったのねぇ~。美味しそうなケーキじゃない! あとでみんなで食べましょ!」
「もう! キーちゃん、今わたしがお兄ちゃんを叱ってるんだから邪魔しないで!」
「え? ああ……だから正座してるのね。大変ね、お兄ちゃんは」
そう思うのならどうにか妹の怒りを収めてはもらえないだろうか。
「とにかくお兄ちゃん!」
「あ、はい。何でございましょうか愛しの妹よ」
「い、愛しのって……もう、いきなりそういうのはいいから」
今度はニヤニヤしながら両頬に手を当てる鈴音。コロコロと表情が変わるところも昔から変わっていない。
「ほらほら、いつまでもバカやってないで鈴ちゃんも座りなさい。お兄ちゃんと、ちゃんと話をしたいんでしょ?」
「むぅ……分かったってばぁ」
頬を膨らませながらも、とりあえず一方的な裁判は終わりを迎えてホッとした。
リビングのテーブルの席に腰を落ち着かせると、何だか懐かしさが込み上げてくる。
何だかもう随分と帰ってきていない気がしたのだ。まだこの家から出て一年も経っていないというのに。
叔母が俺が持ってきたケーキと茶を用意してくれて、みんなで食べることになった。
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