第61話

「あー……そうだな。どんなことでも初めてってのは緊張するもんだ」


 俺が話し始めると、二人だけでなくしるしや横森さんまでも注目し始めた。


「当然俺だって緊張する。けどな、緊張するってことは、それだけ大事に思っているからこそだ」


 月丘が「大事に……ですか?」と聞いてきたので、俺は「ああ」と言いながら続ける。


「大事に思ってなかったら、別に結果なんてどうだっていいだろ? 成功しようが失敗しようが。だから緊張なんかするわけがない」


 なるほど、と全員が頷きを見せる。


「それだけ緊張してるってことは、自分にとって何よりも大切だから。だからお前たちは間違ってないし、むしろ自然なことなんだよ」


 それはかつて、俺も異世界で教えてもらったことだ。そのお蔭で、俺も随分と助かった覚えがあったので、それを伝えることにしたのである。

 俺はなおも不安そうな小稲の小ぶりの頭にそっと手を置く。


「それに嬉しいことに、お前たちは一人じゃない。その緊張を共有できる仲間が傍にいてくれる」

「仲間……ですか?」


 小稲が代表するように上目遣いで聞き返してきた。


「ああ。一人だったら、緊張を乗り越えるのも大変かもしれん」


 実際俺の場合、最初の頃は異世界でたった一人ということもあって苦労した部分は多い。それでも仲間が増えた頃からは、その仲間が支えになってくれたように思える。


「たとえ緊張でいつもの力が出せずに失敗したからって、一人じゃないんだ。失敗を補い、サポートしてくれる仲間がいる。それだけで気持ちはずいぶん楽にならないか?」

「それは…………はい」


 小稲は周り、特に親友の空宮を見てホッとしたような表情を浮かべつつ返事をした。


「失敗したら仲間の迷惑になるかもしれない。そう思うことだってあるだろう。けどな、そんなことでグチグチ言ったり突き放したりするような子たちは周りにいないと思うぞ」


 全員がそれぞれの顔を見回し、何となく思いが通じたような安堵の緩みを見せた。


「大事なのは失敗を恐れずに、仲間を信じて精一杯やり切ること。失敗したって反省し次に活かせばいい。やっちゃダメなのは、できたはずなのにと後悔することだ」

「こうかいとはんせー……おなじじゃないの?」

「違うぞ、しるし。反省は次の成功に繋がる必要なものだ。でも、後悔からはあまり得られるものはないと俺は思う。立ち止まり、後ろばかり振り返って悔やむだけ。それじゃきと前には進めない」


 事実、俺も失敗から後悔に繋がってしまったことがある。最近で言えば、鈴音や叔母に早く異世界のことを告げておけば良かったことだろう。

 時間は決して戻らない。だからこそ、やっておけば良かったと後悔するようなことはできるだけしない方が良い。やらない失敗より、やって失敗の方が得るものが多いと俺は思うのだ。


 まあ、後悔からすぐに反省に繋げられることだってあるので、正しくいえば後悔だけで終わらせてはダメだということだろう。


「じゃあ……しっぱいはイイこと?」

「進んで失敗するのはどうかと思うけど、実際俺たちの暮らしの中にだって、多くの失敗から学んだからこその便利な世の中なんだと思うぞ。科学だって医学だって、そうやって発展してきたんだしな」


 失敗してそのままじゃ、そのせいで犠牲なったものが浮かばれない。それらを無駄にしないためにも、より良いものを生み出す義務が、失敗した者たちにはあるのだろう。


「とまあ、難しい話になったけど、要は緊張なんて当たり前なんだから深く気にすることはないってこと。数をこなしていけば、自然と緊張もありがたく思えるようになってくる」


 適度な緊張は、仕事場では必要になると思う。そうしなければメリハリのある見事なパフォーマンスが生み出せないだろう。


「ほぇ~……何か、大枝さんには妙な説得力がありますね。くっ……私よりも年下のはずなのに……っ」


 そう言いながら、悔しそうに顔を俯かせる横森さん。

 とはいっても、そんなに歳は変わらないし、俺は特殊な環境に身を置いていたからこその経験談なので、一般的な意見とは少し重みが違うかもしれないが。


「……うぅ、でもやっぱり緊張してると不安なんですよね」

「そうね。姫香の言う通り、不安は拭えないわよ。それはどれだけ場数を踏んだって、未来なんて分からないし、万全に望んでも予想外なこととか起きたりして失敗することだってあるもの。だから緊張するななんて言わないし、不安になるなとも言わないわ。ただ、アンタたちの傍にはこのアタシがいるってことを忘れるんじゃないわよ。たとえアンタたちがミスしたって、全力でカバーしてあげるわよ」

「タマモちゃん……!」

「タマちゃん……かっこいい!」


 空宮の自信溢れる言葉に、月丘と小稲は感動している様子。


 あれれ、何か最後に全部空宮さんに持っていかれた感があるんだけど…………まあ別にいっか。


 それにしても小さい頃から、大人たちと一緒に芸能界で仕事をしてきた人物の説得力もまた違う。負けん気の強い彼女らしい皆の引っ張り方だ。

 それからまた少し時間が経つと、少しストレッチでもして身体を温めようと空宮の言葉に従い、アイドルたちはレッスン室へと向かった。


 俺は何気なく事務所内の時計を見ると、すでに午前十時半を示していた。


「……遅いですねぇ、夕羽ちゃんたち」


 ようやく少し落ち着いたらしい横森さんが、椅子に腰かけながら、俺もちょうど思っていたことを口にした。


「確かにもうここに着いててもおかしくないですよね。まさか渋滞に捕まったとか?」

「今日は日曜日ですからね。ですがそれを見越して早めに出たらしいですし……ちょっと連絡してみますね」


 そう言って横森さんがスマホを操作し始める。

 しかし俺の胸中には、少しだけ嫌な予感が生まれつつあった。


「う~ん……出ないですねぇ。車の運転中だから出られないんでしょうか?」

「だったら夕羽さんの方にかけたらどうですか?」


 俺の提案に、「あ、それもそうですね」と可愛らしく舌をペロリと出す横森さん。そういう仕草があざとく感じないので、きっと天然で愛らしいポーズが似合う人なのだろう。


 言われた通りに横森さんが、夕羽に電話をかけるが……。


「……夕羽ちゃんも出ません。も、もしかして、事故に巻き込まれたとか!? だ、だだだだとしたらどうしましょうっ、大枝さん!」



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