第62話
「落ち着いてください。事故に巻き込まれたとは限りませんから」
「で、ですがぁ……!」
ただ、確かにおかしいのは事実だ。向こうとて、遅くなればこちらが連絡をするのも理解しているはず。だから常にスマホには気を向けていると思う。いや、それよりも遅くなるなら連絡をしてくるに違いない。
…………まさか。
本当に横森さんの言うように事故に巻き込まれたか、あるいは……。
とりあえず着信は残っているはずだからと、しばらく様子を見ることにした。
そして時刻は十一時となり、そろそろアイドルたちを【クオンモール】へ送る頃になった。
レッスン室から上がってきた彼女らも、まだ夕羽たちが到着していない不自然さに不安を募らせている。
月丘たちも自身のスマホでメッセージや着信などを送ってみたが、やはり反応がなかった。
「とにかく大枝さん、この子たちをモールへ送ってください」
「いいんですか、横森さん?」
「はい。事務所には私が残って、連絡を待とうと思います」
本来なら横森さんも一緒にモールへ向かう予定だったが致し方ないだろう。
「ちょっと待って、じゃあ夕羽抜きでリハーサルをしろってこと?」
空宮の問いに、横森さんが困った感じで眉をひそめる。
「もし夕羽ちゃんたちが間に合わなければそうなるかも。そこらへんは、モールにいる社長と相談してほしいの」
「む……そうね、分かったわ」
確かにここで俺たちだけで決められることではないだろう。
一応横森さんから社長へは通達がいっていて事情は分かってもらっているようだ。
「夕羽ちゃん……どうしたんだろう? 大丈夫かな……?」
事務所の中では、比較的一番親しく接している月丘が心配そうに呟いている。
不安はあるものの、俺が運転する車でアイドルたちと一緒にモールへ向かうことになった。
車中でも、月丘たちがそれぞれ夕羽や十羽と連絡を取ろうとしているが、いまだに反応がないようだ。横森さんからも連絡がないということは、事務所にも電話はかかってきていないのだろう。
モールへはもうすぐ着く。さすがに日曜日なので渋滞気味ではあるが、そう遠くない場所ということもありニ十分程度で到着した。
駐車場には、すでに社長が立っていて、車から降りた月丘たちが彼女のもとへ駆け寄っていく。
「話は聞いたわぁ。ちょ~っと困ったことになっちゃわねぇ」
いつもの間延びした喋り方なので、あまり緊迫感は漂っていないが、ハッキリ言ってこのまま夕羽が辿り着かないと、事務所的にも大事なのは間違いない。
「とにかくもうすぐリハーサルだから、ステージに向かいましょうかぁ」
社長の先導のもと、ライブが予定されているステージへと向かった。
そしてそこで、俺たちはある者たちと遭遇することになったのである。
「――おや、これはこれは【マジカルアワー】さんたちではないですか」
慇懃無礼な態度で出迎えたのは、俺はこれで通算三度目の原賀馬玄だ。そして、彼の傍には――。
「ああ、ちょうど良かった。今回お世話になる我が社の期待のルーキ―を紹介しましょうか」
彼が前に押し出した三人の娘たち。
まずこちらから見て右側に立っている少女が口を開く。
「初めまして。【スターキャッスル】所属、アイドルグループ【ブルーアステル】の
大人びたクール美女といった感じだ。短髪がとても合っていて、三人の中でも一番背が高くモデル体型といえる。切れ長の瞳に凛として引き締まった顔立ちは、女性をも虜にしそうなほど格好が良い。異世界でいうなら女騎士といった印象だろうか。
そして次は左に立つ少女が一歩前に出る。
「どうも初めまして。同じく【ブルーアステル】の西園寺
ゆったりした喋り方と雰囲気を持つ少女だ。穏やかで、にこやかで、どこか気品もあって、良いところのお嬢様といった感じを受ける。この子も異世界で例えるなら、おっとりとした上級貴族の娘といえるか。
最後に、センターに立つ娘が一歩前に出る。
俺と一瞬目が合ったが、すぐに彼女は逸らして、こちらのアイドルたちに視線を向けた。
「初めまして。【ブルーアステル】のリーダーを務めさせて頂いています、銀堂雪華です。今回はともにライブイベントを盛り上げるということで、どうかよろしくお願い致します」
そこに立つ彼女は、少し前に会った、野球帽と黒ぶち眼鏡の地味な少女ではなく、まさにアイドルとしての風格を放っていた。
まだメイクも衣装も整えていないというのにもかかわらず、その佇まいには圧倒されるものがある。それは彼女だけでなく、他の二人からもだ。
すでに軽くスイッチを入れている仕事モードといったところなのかもしれない。それはそうだろう。誰に見られているか分かったものではないのだ。常に気を張り大手に相応しいアイドルとして立ち振る舞っているのだろう。
空宮と月丘は、感情を爆発こそさせないが、平然と目の前に立っている原賀に対し、睨みつけたり、嫌そうな眼差しを向けている。
気持ちは分からなくもないが、あまりアイドルがそういった態度を出すのは良くない。だからか、すぐに社長が言葉を発した。
「こちらこそ、本日は胸をお借りします」
事務所の代表者して頭を下げる。そして、そのまま今度はこちらのアイドルたちが、次々と自己紹介をしていった。
ただすべての紹介が終わった後に、原賀が首を傾げた。
「ふむ? 一人、足らないみたいですが?」
当然そのことには気づく原賀。こちらのことを知っている者ならば、別に不自然な疑問ではないが、俺は彼がニヤついていることに気づいて違和感を覚えた。
しかもそのニヤつきを、わざわざ俺に見せつけるような態度が余計気になった。
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