第87話
霧は、六道に触れようとしたが、それを六道は魔力で包み込んだ。
そしてそのまま球体状にした魔力を手に持ったまま語り始める。
「この霧がコイツの真骨頂ともいえる――呪いだ」
そう聞いて、十羽が「の、呪い?」と聞き返してきた。
「コイツはある一定の手順で殺さないと、殺した瞬間に凶悪な呪いとなって近くの生物に襲い掛かる。その呪いとは――――〝絶対不運〟」
簡単にいえば、鎌攻撃の超強力版である。これにかかると絶望に等しい不運に見舞われる。それも――死ぬまで。
この死の呪いは厄介で、祓えるのは聖女と呼ばれる存在が扱う上級以上の浄化魔法だけ。
希望、夢などはもちろん、自分がしたいと思ったことすべてが〝不可能になる呪い〟なのである。
解放されたいと死を望んでも、決して死ぬこともできず、聖女に会おうとしてもその望みは叶わない。本当に厄介な呪いなのである。
「もう、分かるな? 俺が何でコイツを殺したのか……」
その冷たい瞳を見て戦慄する原賀。思い至ったのだろう。これから六道が行おうとすることが。
「や、止めろ……そ、それ以上近づくなっ!」
逃げようとしても、当然魔力の縛りで動けない。それでも必死に身体を動かすが、六道はゆっくりと近づく。
それが原賀には、まさしく死神の足音にでも聞こえているかもしれない。
「ぐっ! クソ! おい十羽、夕羽! いつまでぼーっとしてやがんだっ! このイカれたヤツを止めろっ! 幼馴染だろうが! 俺を助けろよっ!」
この期に及んでまだこの横柄さ。本当に呆れてしまう。
六道は原賀の目前で立ち止まる。
「…………もう口閉じぃ。それ以上は醜過ぎるわ」
原賀の変わらないクズの態度に、六道の怒気は膨らんでいく。
コイツが二人に語ったこれまでの過去。それによって積み重なった劣等感でここまで歪んでしまった。しかしそれは決して十羽たちのせいではない。
乗り越えようと足掻くことを辞め、強欲と傲慢さに溺れ、人を信じられず利用することしかできなくなったコイツの心の弱さが原因だ。
「もう一度自分を見直すことやな。あの二人のためにも、そして何よりも自分のためにもや」
六道は球体を原賀へと投げつけた。
その直後、魔力の球体は弾け、そこから噴出した霧が原賀の全身を侵していく。
「あっが……ぁっ……ぎぃ……がぁっ……!?」
全身に激痛が走るとともに、全身を侵食されていく不快感に原賀の顔が歪む。
それは十数秒の出来事ではあるが、終わったあとは、まるでフルマラソンでも完走した後のような様子で意識を失った。
倒れ伏した原賀を一瞥すると、踵を返して二人のもとへ向かう。
「終わりましたよ……って、あらら、そういやアイツに最後に言いたいこと結局言えなかったですね」
十羽に視線を向けてそう言うと、彼女は原賀の方に顔を向けながら「アイツは……死んでないの?」と尋ねてきた。
「死んでませんよ。さっきも言ったように、死んで楽にはさせません。もっともこれからの人生、死にたくなるほどの不運と戦うことになるでしょうけど」
「そ、そう……あなた、そんなこともできたのね」
「俺の力じゃないですって。あくまでもモンスターの持つ特性を利用しただけなんで」
これが魔法を使えない六道にとって大きな力となっている。とはいっても使い方を間違えば取り返しのつかないことにもなるので慎重になる必要はあるが。
「…………兄さん」
見れば、夕羽もまた原賀の方を見ていた。その表情はどこか寂しそうだ。決定的な関係になったとはいえ、それでもやはり彼女の中では思い出の原賀に思うところがあるのだろう。
そんな夕羽が、これから原賀が一体どうなるのか聞いてきた。呪いは一生解除できないのかということも。
「呪いを祓えるような聖女がこの世にいれば解放されるぞ」
そんなファンタジーな存在がいるわけもないと思っているのか、憐れそうに原賀を見つめている。
「ただ……一つだけ呪いから救われる方法はある。聞きたい?」
「! …………いいえ、止めておくわ」
夕羽の返答に対し、十羽も賛同して「私も、そうね」と口にした。恐らく聞けば教えてしまうとでも考えているのだろう。
ここらへんは彼女たちの優しさだ。何だかんだ言っても、幼馴染が永遠の不幸に見舞われるということに対し、素直には喜んではいないのだろう。
(こんなええ子らをお前は殺そうとしたんやで。そのことを悔いながら生きることやな)
事実、救われる方法はある。
それは――善行を積むこと。
誰かの救いになるような行為をすることにより、徐々に呪いは弱体化していく。しかしそれを原賀が気づき行えるようになるかは彼次第。
「そういえばまだお礼を言ってなかったわね。助けてきてくれてありがとね、六道くん」
「別にいいですよ。こうなることは予想していましたしね」
「そうね。私たちに向けられた銃弾は、見えない壁で助けられたようだし。というより事前に言っておいてほしかったわ」
夕羽がジト目をぶつけてくる。こればかりは強く反論はできない。
彼女たちが知らない方が、自然に行動することができるから。それに原賀が第三者の存在を疑い、別日に襲撃を伸ばす方が面倒だったのもある。また疑いさえ持たなければ、彼女たちとの対話で、もしかしたら踏み留まるかもという一筋の期待もあったから。
「はは、悪かったよ。お詫びに今度、異世界グルメでもご馳走するから許してくれ」
「……仕方ないから、それで手を打ってあげるわ。…………ありがとう」
最後の感謝は、どこか照れ臭そうに、それでいて嬉しそうな声音だった。そんな彼女を十羽が微笑ましそうに見ている。
「それじゃ、家まで送ろう。十羽さんもそれで構いませんか?」
「ええ、でもアイツ……放置でいいのかしら?」
「警察に通報すれば、せっかくの夕羽たちのデビュー日に陰を指すことになりますしね。マスコミはあることないこと書くのが得意って聞きますから」
「確かに……問題は起こらない方がいいわね。けれどまたアイツが問題を起こしたら……」
「ああ、大丈夫ですよ。アイツが問題を起こそうとしても、それは叶わないですから。何せ、絶対的に不運ですからね」
「「……なるほど」」
姉妹らしく、同時に納得したようだ。
そうして六道は、そのまま二人を無事に家に送り届けたのであった。
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