第86話

 やはりこうなった。この状況は、できればなってほしくはなかった。

 というよりも六道が原賀に与えた最後のチャンスでもあったのである。]


 夕羽たちを送ったあと、そのまま去ったかに見えた六道だったが、少し離れた場所に車を止めて『次界の瞳』に車を収納してから、彼女たちのもとへと戻ったのだ。


 彼――原賀が彼女たちの近くに潜んでいることは分かっていた。何故ならモールからずっと彼には魔力で造った鳥をつけていたからだ。

 その鳥の目を通して彼が現在どこにいるのかなど手に取るように分かる。彼は自分たちよりも先回りして、夕羽たちのマンションの近くで隠れていた。


 彼が何故そのようなことをしていたのか、その凡そは現状のようなことを行うためだと推察していたが、それでも思いとどまって彼女たちに謝る可能性もゼロではないと考えた。


 人は何がきっかけで変わるか分からない。凶行に走ろうと思っても、寸でのところで今までの暮らしや彼女たちとの思い出などにより、不意に思考がまともになることだってある。できればそうなってほしいと、六道は元勇者として、彼に残っているであろう善の心に期待したのだ。


 だが残念ながら結果は、凡その方に天秤は傾いた。 

 当然こうなる危険性が高いと踏んでいたので、去り際に彼女たちに魔力の鎧を纏わせていたのである。強度的にあまり長時間は維持できないが、ナイフや銃弾程度であれば、自分が駆けつけるまでは十分に持つことは分かっていた。


「「六道さん(くん)っ!?」」


 二人が六道の姿を目にして同時にその名を呼ぶ。

 いまだ呆気に取られている様子の原賀をよそに、六道は二人を庇うように前に立つ。


「もう安心してくれていい。まあもっとも、怪我はないはずだけどな」


 二人に顔だけを向けてそう言うと、気づいたように夕羽が「あ、あなたまさか……!」と口にした。

 しかしその続きを言う前に、ようやく正気に戻ったようで原賀が物凄い形相で噛みついてくる。


「き、き、貴様ぁっ! 何故ここにいる! 帰ったはずだろうがっ!」


 今にも銃を乱射する勢いで銃口を突きつけてくる。


「あー弾の無駄遣いだから止めた方がいいと思うぞ」

「な、舐めるな! こっちはまだ弾なんて腐るほどある!」


 そう言いながらポケットから取り出した弾をセットし、六道に向かって発砲してきた。

 だが当然、魔力の壁を前面に張っていたので弾丸はこちらに届かない。


「っ!? な、何でだっ!? どうして当たらないぃっ!」

「だから言っただろ?」

「くっ! 貴様かぁ……貴様の仕業なのか! 一体何をしたぁ!」

「いちいち喚くなよ。近所迷惑だろ。それに悪党の質問に丁寧に答える勇者なんていないさ」

「ゆ、勇者だぁ? ふ、ふざけるなっ!」


 またも連射してくるが、結果はまったく同じ。

 醜悪な顔。相手の命を奪うことの愚かさに気づいていないクズ。越えてはいけない線を、コイツは越えてしまったのである。

 徐々に六道の表情が鋭く冷たくなっていく。


「……お前はもう終わりだ」

「はは……ははは……ははははは、何だ? 自首でもしろってか! 冗談じゃない! ここまで積み重ねてきたもんを捨ててたまるかぁ!」


 コイツは分かっていない。すでに自らすべてを捨て去ってしまっていることに。


「自首? ……冗談を言ってるのはそっちだ。俺がその程度で許すと思うか?」

「……は? 何言って……ぐっ……か、身体が……動か……っ!?」


 魔力で縛り上げ、身体の自由を奪ったのだから当然だ。

 そのままにして、一度背後にいる二人に身体ごと向ける。


「二人とも、最後にコイツに言いたいことがあったら言えばいい」

「!? さ、最後って……まさか六道くん、そいつを……殺すつもりなの?」


 少し青ざめた表情で聞いてくる十羽。冷徹な六道を見て恐怖を感じているのかもしれない。夕羽も強張った顔で六道の返事を待っている。


「いいや、死んで楽になんてさせないよ。コイツは悪党だ。けどそれでも、君たちが寄り添ってきた幼馴染でもある」


 彼女たちもまた、最後まで彼が変わってくれることを願っていた。だからこそ、ここで簡単に殺して終わりなんて選択肢は取れない。

 再び六道は原賀の方へ向き直し、『次界の瞳』からあるものを取り出した。

 それは手に乗るほどの卵型の琥珀色をした石。


「これは――《モンスタージェム》といって、この中にモンスターを捕獲しておくことができるんだよ。結構レアなんだぜ」


 六道の言葉に、二人はもちろん原賀もまた困惑気な表情を浮かべている。


「そして壊すことで、中にいるモンスターを出すことができる。それを今……見せてやる」


 軽く握り潰すと、そこから黒い靄が出現し、それが徐々に輪郭を作っていく。


「な、なななななななななぁっ!?」


 そこに現れた異形の存在を目にし、原賀は愕然とした。

 それもそのはずだ。


 その存在は、全身を血で染め上げたようなローブで覆い尽くし、フワフワと宙に浮かんでいる上に、その手には巨大な鎌を持った、まるで物語に出てくる死神そのもの。


 原賀だけでなく、当然夕羽たちも絶句して固まっている。

 するとその死神は、被っているフードの中で紅い瞳を鈍く光らせると、すぐにその鎌を振り上げて、目の前にいる原賀へと迫っていく。


「く、来るな来るなぁぁぁぁぁぁああああっ!?」


 最早恐怖しかない感情に表情を歪めるが、死神は寸でのところで動きを止める。何故なら六道が死神もまた魔力の鎖で縛り上げていたから。


「ソイツの名は――〝死神種・ラックイーター〟。その鎌で斬られた存在は、ダメージとともに一時的に不幸のバッドステータスを受ける。つまりは……運がとてつもなく悪くなるんだよ。もっとも一定時間を過ぎればもとに戻るし、浄化の魔法を使えばすぐに祓える」

「ふ、不幸? バッドステータス? 魔法って……貴様はさっきから何を言って……」


 後ろの二人は、元勇者のことを知っているので驚きは少ないが、何も知らない原賀にしては混乱がただただ増すだけだろう。


「だがコイツの厄介なところは、その鎌攻撃じゃない」


 六道はゆっくり歩きながら、その手に魔力の剣を形作っていく。そして軽く跳躍すると、捕縛しているラックイーターの首を、剣で一閃しあっさりと落とした。

 普通ならこれでモンスターとしては絶命し、勝利を得たわけだが……。


 首を落とされたラックイーターが赤い霧状に変化し、六道へと向かってくる。それが危険だと直感したのか、夕羽たちが六道の名を呼ぶが、六道はニヤリと笑みを浮かべた。


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