第85話
「お前はいつでもそうだった。俺に同情し、哀れに思ってたんだろ? 何をしたってお前よりも劣る俺のことを! いや、お前だけじゃなく夕羽もだ! お前らは俺を自分よりも下の人間だって常に思ってたはずだ!」
「そんなことあるわけないでしょ! 私は……私がただ馬玄が……」
「俺が? 何だよ? 俺を助けてたとでも? 劣等感に苛まれ惨めに跪く俺に手を差し伸べて優越感に浸ってただけだろうがっ!」
「違うっ!」
それは夕羽の反論だった。二人が一斉に夕羽に視線を向ける。
「姉さんは……私たちはあなたをそんなふうに思ったことなんて一度もないわ! 姉さんはただ、あなたに喜んでもらいたくて!」
「黙れぇぇぇぇぇっ!」
周囲に響くような大声にビクッとして口を噤んでしまった。
当然ながらその声にハッとした原賀は舌打ちをする。あまり騒ぐと他の人が寄ってくると考えたのかもしれない。だからか、原賀は驚くことに懐から鈍く光るものを取り出した。
ソレを見たのは今日で二度目。まさかこんなにも早くまた拝むことになろうとは思わなかった。
「ま、馬玄、あなた……今自分が何をしようとしているのか分かっているの?」
十羽は咎めようとしつつも声は震えている。きっと今日の体験を思い出しているのだ。夕羽も同じような恐怖を感じている。
それだけ彼が持つ〝銃〟は破壊力が大きかった。
「いいから大人しく従え。じゃないとどうなるか分かってるだろう?」
「あなたね、そんなことをしたら今の事務所をクビになるだけじゃ済まないわよ!」
すると銃から弾が放たれ、十羽の足元で火花を生んだ。
発砲の音が限りなく小さかったことから、サイレンサーをつけている可能性が大きい。
「もう一度だけ言う。お前の大事なモノを傷つけたくなかったら従え」
これ以上逆らうと本当に撃たれてしまいかねないと考えたのか、十羽は「分かったわ」と了承した。
その隙を見て夕羽がスマホで連絡をしようとしたが、今度は夕羽の足元で火花が散る。
「次、おかしな真似をしたらその身体に撃つ。これは間違いなく本物だからな。今日その目で見たなら分かるだろ?」
その言葉が脳に衝撃を走らせる。
「っ……まさか、今日のこと……あなたが仕組んだの?」
その問いに答えることはしなかったが、原賀はニヤリと笑みを浮かべ、「そのまま歩け」と指示をされた。
そうして彼に背後を突かれながらその場から離れることになった。
その間にも、やはりショックが大きくて泣き出しそうな気分だったのは、夕羽だけでなく十羽も同じだろう。
何せ、今日のあの恐怖体験が原賀の仕業だというのであれば、彼は自分たちが死んでもいいように取り計らったということ。
大好きだった兄と呼んでいた人物にそこまで恨まれていたのかと思うとやるせない気持ちになってくる。
原賀がただ単におかしくなっただけではない。元々性格が破滅的だったわけでもない。
様々な積み重ねによって、彼に蓄積された劣等感が悪意を膨らませてしまった。すべては自分たち姉妹という存在のせいで。
もちろん彼を見下したことなど一度もない。だって家族と評してもいい相手だと二人は思っていたのだから。
そんな相手を知らず知らず歪めてしまったのが自分たちだと知り、その鈍感さに、無力感に胸が痛む。
どこかで気づいてあげていれば、もしかしたら彼は今も自分たちの傍にあったかもしれない。そう考えると本当に悔やんでも悔やみ切れない。
けれど元々は優しい人だったのも事実。実際にその優しさで何度も救われてきた自分が思うのだから、考え直すきっかけさえ与えればまた前みたいにと期待を持ってしまうのも仕方がない。
マンションから離れた場所にある空き地まで連れて来られた直後に、夕羽は自分の気持ちを素直にぶつけることにした。
「に、兄さん、もうこんなことは止めて! 私たちはただすれ違ってただけでしょ! だったら前みたいにまた三人で楽しく……っ!?」
言葉が詰まる。何故なら楽しそうに喉を鳴らし笑っている原賀がいたからだ。
「ククククク……やっぱりお前はいつまで経っても成長しない。もうとっくにそういう時期は過ぎ去ってるんだよ」
「……兄さん」
夕羽が絶望を感じ震えていると、自分を庇うようにして目の前に十羽が立つ。
「馬玄……ううん、原賀プロデューサー。これ以上、ウチのアイドルを傷つけないでほしいわね。それにこのままじゃ、本当にあなたは終わりよ?」
「あん? お前、今どういう状況か分かってるのか? コレが見えてないのか? それともライブ前の事件が夢だったとでも?」
「……正直、信じたくはないわ。あれがあなたの仕業だったなんて……けれど、こうまでしてあなたが望むのは何?」
そうだ。原賀が自分たちのもとを去ったのは、自分たちに嫌気がさしたからのはず。だから距離を取った。縁を切ろうとした。それなのに何故こうも執拗に関わってくるのか。
「俺の望むことだと? そんなこと決まってるだろ。この俺が、お前らよりも優秀だと他人に、社会に、世界に認めさせるためだ! 俺は劣化品なんじゃねえ! お前らの都合の良い玩具でもねえ! 俺は選ばれた存在なんだっ! だからどんな手段を用いようと俺は必ずお前らよりも上だってことを証明してやるんだよっ!」
魂の叫び。これまで優秀な十羽と比べられ劣等感に苛まれてきたからこその結論だった。たとえ卑怯だと罵られようが、非人道的な手段を講じようが、最終的に勝利を得た方が正義だと、彼は歪んだ答えを見出してしまったのだ。
「……もう、戻ってはこれないのね」
「戻るくらいなら俺は破滅を選ぶさ」
そう言い合いながら睨み合う大好きな姉と大好きだった兄。分岐点は通過した。決定的だ。自分たちはもう彼と分かり合うことはできないのだと。
「本来なら自分の手なんて汚したくないが、これもお前ら自身が撒いた種だからな」
まるでそう自分に言い聞かすように、向けていた銃の引き金に力を込め始める。
「まあ安心しろ。これ以上、【マジカルアワー】には手を出さんよ。もっとも、エースの夕羽がいなくなりゃ、放っておいてもあの程度の連中なんてすぐに埋もれて消えるがなぁ」
目がイッてしまっている。こちらの言葉はもう届きはしないだろう。
自分たちを殺した先のことまで冷静に考える頭さえ失っている。ただ彼にあるのは、散々自分を苦しめてきた壁を壊すということだけ。そこに理性は存在しない。まさに獣そのもの。
「…………じゃあな」
咄嗟に十羽が夕羽を強く抱きしめ、原賀に背を向ける。少しでも自分を助けようとする姉の行為に、思わず心が温かくなる。
だがそれもすぐに冷える。何せ今まさに姉が撃たれようとしているのだから。
銃口から弾が放たれる。それが真っ直ぐ自分たちへと向かってくる。
「姉さっ――」
――しかし。
弾が放たれた直後、その光景に愕然としたのは原賀だった。
何故なら――。
「な、何だ……っ!?」
原賀の視界に映っているのは、十羽に届く手前で弾が動きを止めていたからだ。
「っ! クソがっ!」
二発目、三発目と連発するが、それでも十羽に届く前に弾が停止している。まるで見えない壁にでも阻まれているかのように。
「な、何だよ……何が起こってやがるっ!?」
困惑する原賀をよそに、異常な事態に気づいた夕羽や十羽もまた、宙で浮かんでいる弾を見ながら呆気に取られていると――。
「――――――――結局はそれがお前の答えなんだな」
そこに頼もしい声音とともに一人の青年が姿を現した。
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