第30話
「ど、どうしよう……! お、叔母さん、どうすればいいんだ?」
「まあ、これぞ六ちゃんて感じだけど、今回ばかりはちょっとばかしあの子が不憫だわね」
「やっぱ何かまずったのか……? これじゃ益々距離を取られそうだな……」
大好きな妹にさらに嫌われるのは、さすがに堪える。どうしたらいいのだろうか?
「まったく、私からすればどっちもどっちなんだけど。六ちゃんてば、ずっとあの子に嫌われてるって思ってるでしょ?」
「え? 違うのか?」
「本当に嫌いなら、あの年頃の娘なら目も合わせてくれないわよ普通。基本は無視」
無視……そういえば、嫌われてるとは思っているが、何だかんだでメッセージのやり取りはしているような気がする。
「それにあの子ってば、六ちゃんが一人暮らししてからずっと心配してるわよ」
「……マジで? けど……会う度にバカとか分からず屋とか言われてるぞ」
「あの子は不器用というか、素直じゃないからね。それにあなたに負い目もあるし、あなたの行動を理解できても、感情では納得できないのよ。だから甘えて好き勝手言ってしまう」
「一体何の話だ? 負い目とか、納得できないとか……」
「鈴ちゃん……自分のせいで、六ちゃんが大学に行かなかったって思ってるのよ」
「!? それは違う。いろいろ考えた結果、これが俺たちに最適な選択だって思って……」
「でもそれって、あの子に相談しなかったでしょ?」
ガツンと頭に衝撃を受けたような気がした。
確かに大学に行かずに就職すると決めたのは、その方が金はかからないし、その分、働いて稼ぐことにより、鈴音の進学資金などに費やせると思ったからだ。
これは俺が一人で決めたこと。鈴音の将来のために、と。
「鈴ちゃん、相談してほしかったと思うわよ。だってさ、二人っきりの兄妹だもん」
「っ…………」
「それに、あなたはバレてないって思ってるかもしれないけど、例の失踪事件もそう。あの時、あなたが語ったこと、本当に全部事実?」
若干鋭さを増した眼差しを向けてくる。無意識に喉を鳴らしてしまう。
「六ちゃんは昔から嘘は下手だったし、私が気づくんだから、当然あの子だって気づいてるわよ。てか、本当のことを話せって直接言われたんだっけ?」
言われた。けれど結局のらりくらりかわして今に至る。
「……まあ、あの事件については、そこまでして語りたくないことがあるんでしょうけど、私も含めて家族としては……やっぱり悲しいわよ」
…………そりゃ、そうだよな。
家族だったら何でも話せるというのは都市伝説のようなものだと思っている。家族でも、やはり自分とは違う存在だ。内心を吐露したところで、全部を受け入れてもらえるわけではないだろう。
しかし、家族だからこそ語っておくべきことというのは確かに存在するのかもしれない。
俺は、本当のことを話して拒絶されたり恐怖されるのが嫌で、過去については語らなかった。進路についても、それが家族に対して一番理想だろうと勝手に決めつけて選んだ。
「全部……独り善がりだったってことか……?」
「全部が全部ってわけじゃないわよ。あなたが悩んで出した答えだもの。それにそのお蔭で、鈴ちゃんは問題なく卒業できるだろうし、大学だっていける資金も残ってる。お兄ちゃんとしては本当に良い子よ、あなたは。でもね……」
「でも?」
「もう少し私たちを頼って、ワガママに過ごすって選択もあったんじゃないかなって叔母さんは思うのですよ」
母性の感じる微笑を浮かべる彼女のその表情は、本当に母親が息子に向けるような慈愛が含まれていた。
「あなただってまだ十九歳なのよ。頑張ってばかりじゃなく、もうちょっとくらい気楽にしなさいな」
その直後、涙が零れ落ちそうになり、思わずハッとして椅子から立ち上がって叔母に背を向ける。
「っ…………ちょっと、アイツと話してくるわ」
その場から逃げるように足早に、鈴音の部屋まで向かう。
扉には、可愛いフリルのついた手作りの名前入りプレートがかけられている。
俺は、軽く目を袖で擦ると、少し深呼吸をしてからノックをした。
「……鈴音、いるよな?」
返事はない。けれど中にいるのは気配で分かる。
「そのまま聞いてくれ。まずはその…………悪かった。ごめんな」
どれだけ伝わるか分からないが、今は心の中に浮かぶ言葉を素直に外に出してみよう。
「さっきのこと……は、正直何で鈴音が怒ってるのかまだ分からないけど、今俺が謝ったのは、お前に心配かけてしまったことだ。……大学に行かないで就職をするってこと、何も相談しないで本当に悪かった」
まだ返事はない。それでも微かに気配が揺らいでいる様子が窺える。これは俺の言葉に反応している証だ。だからそのまま続ける。
「それに家から出るってのも勝手に決めたな。他にも…………ずっと言ってないこともある。だからその……」
その言葉の続きを話そうとした矢先、ゆっくりと扉が開いた。
すると、中から目を赤くさせた鈴音が現れる。すねるように口を尖らせ、こちらを睨みつけている。
「……ホンマに分かっとんの? ウチが……ウチがどんだけ心配した思うとんのよ!」
「……ごめん」
「急にいなくなって、目の前が真っ暗んなって、どうすれば分からんくて……っ! でも帰ってきてくれた時は、ホンマに良かったって……! それやのに記憶があらへんとか意味分からんこと言うてや! 何なんそれっ、そんなん嘘ってすぐ分かるに決まっとるやんかっ! 妹なめんなっ!」
「…………せやな」
どんどん涙が溢れる鈴音。痛々しいまでの叫びが、グサグサッと胸に突き刺さってくる。
逆の立場だとしたら、俺だって今のこの子のように嘆いたことだろう。
「ウチだってもう何もでけへん子供ちゃうんやで! いつまでもお兄ちゃんの荷物になるなんて嫌や!」
その通りだ。もうこの子だって十五歳だ。自分で自分の道を考えることができる。
「もっと頼ってえや! ウチらは家族やんかっ、アホォッ!」
泣きじゃくりながら、俺の胸を両手で叩く彼女をそっと抱きしめる。
「ホンマにごめんな。兄ちゃんが悪かったわ」
そう言いながら、サラサラと手触りの良い鈴音の髪を撫でる。
「…………一人ぼっちは……嫌や……」
絞り出すような声。傍には常に叔母さんがいるから一人というわけではないが、この子が言いたい意味はそうではないことは分かっている。
両親と死に別れ、大枝の名を持つ家族としては二人だけになった。だから俺がこの子から距離を取れば、必然的に一人ぼっちになってしまう。
ずっと傍にいた大切な人たちがいなくなる恐怖が、この子の心を縛り付けているのだ。それに気づかずに、俺は勝手に家から出ることを決めた。
何ということはない。大事だ大事だと口にしていても、一番この子を蔑ろにしてきたのは俺だったのだ。きっと分かってくれるだろうと決めつけ、この子が感じる恐れに寄り添ってあげられていなかった。
確かにまったくの子供ではないとはいっても、まだ十五歳であり、家族の温もりが必要な時期。それをもっと考慮すべきだったのである。
「俺は、ダメな兄ちゃんやな。……なあ、鈴音」
「……何やねん」
「全部話すから……聞いてくれへん?」
「っ…………ホンマに話してくれるん?」
俺の胸に顔をうずめていたが、スッと顔を上げて目を見つめてきた。
「せやけど、突拍子もないことやで」
俺は、とうとう自分の身に起こった、あの出来事について語ることに決めた。
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