第31話

「――――――え、えっと……六ちゃん、もう一度言ってくれない?」


 テーブルを挟んで俺の体面に座っている叔母から再度発言を求められた。

 なので、先ほどと同じように言葉を繰り返す。


「俺は――異世界で勇者をやっていた」


 どうだ。とっても分かりやすい説明だろう。これぞ俺の身に起こった事件を端的に、明確に、忠実に表した文言だった。

 しかしながら――。


「…………もう一回言ってくれる?」


 ――どうにも、相手の理解力に突き刺さりはしなかったようだ。


「だから何度も言うように、俺は失踪していた間、この地球とは違う世界に行ってたんだって」

「…………もう――」

「言わせねえよ! つか、三度目は確実にノリで言ってるだろ、叔母さん!」

「あはは、バレてた?」


 バレてたじゃないし。それに良い歳してテヘペロはキツイぞ。


「んん? 何か今、私の年齢のこと考えてたぁ?」

「うぐっ……そ、そんなわけがないだろう? 嫌だなぁ、何言ってんだよまったく」


 あ、危ねぇぇぇっ! ていうか何で考えたことが筒抜けなんだよ! もしかしてこれが噂の女の勘というやつなのか? だとするなら何て恐ろしいスキルなんだ……!


 そういえば、異世界でも度々俺が考えていることを当てる女性は多かった。マジで心が読まれているのかと恐怖を覚えたものだ。


「……さて、六ちゃんをからかうのはここまでにして」


 やっぱりからかってたんじゃないかよ……。ただまあ、確かに異世界に行ってたという話をすぐに鵜呑みにできるとは思っていなかったけど。


「でも正直な話、異世界に行ってたって言われてもねぇ。厨二病が再発したとかじゃなくて?」

「そんな黒歴史、身に覚えはありません」

「え? でも姉さんに聞いたことあるけど、六ちゃんが中学二年生の時に、急に人が変わったかのような口調と奇妙な恰好を――」

「だあもう! 俺が悪かったから、その話は止めてくれ! それに今俺が話したのは、信じられないかもしれないけど事実だから!」


 だからどうか、そんな忘れたい漆黒の歴史は闇に葬ったままにしておいてくれ。


「う~ん……どう思う、鈴ちゃん?」


 一番話を聞きたがっていた我が妹はというと、先ほどから何も言わずに大人しい。叔母よりも真っ先にツッコんできても良いと思うが。

 見ると、静かに目を閉じながら座している。そして、ゆっくりと瞼を上げて、俺の目を見据えた。


「お兄ちゃん……」

「お、おう」

「……ホントのこと、なんだよね?」

「もうお前に嘘は吐かないよ」

「……そっか。うん、じゃあ信じる」

「え? 意外とあっさりね、鈴ちゃん」

「だって、お兄ちゃんてば嘘は吐いてないもん」


 その堂々とした発言に、叔母さんは一瞬キョトンとするが、すぐにクスッと笑みを浮かべた。


「分かったわ。あなたが信じるなら私も同じ。確かに、あの時とは違って、嘘吐きちゃんの顔してないもんね~」


 俺って、そんなに記憶喪失って言った時、分かりやすい顔してたのか?

 どうも二人には完全に筒抜けだったみたいだ。本当に敵わない。


「それにちょっと納得できたし。だって、お兄ちゃんってば戻ってきて、明らかに身体つきとか違ったもんね。拉致されてただけならおかしいし」

「そうよね。そういえばガッシリしてたし、少し身長も伸びてたわね。それってやっぱり勇者修行とかしたから?」

「実は向こうに居たのは一年半なんだ」


 その告白に、二人が驚いたものの、俺の成長に、だからかと納得もしたようだ。


「俺は異世界を創生した女神に召喚された。困ってるって言うから仕方なく手伝ったんだ。けど終わったら絶対に元の世界に戻してもらえるように頼んだ。まさか戻ってきたのが三カ月後だったのはビックリしたけど」

「それって、異世界とこっちの世界じゃ時間のズレがあるってことなのかしら?」

「さあ、そこんところは詳しく聞かなかったしな。とにかく早く戻るためにも、必死で身体を鍛えたなぁ。そんでたくさんの仲間を集めて世界を救って、そしてこうやって戻ってくることができたってわけ」

「……お兄ちゃん、その仲間ってどんな人? 男の人だよね?」

「え? いや、男もいたけど女性の方が多かったかな」


 正直に答えると、「ふぅん」と冷たいオーラを醸し出す鈴音。そんな彼女を見て、また何かマズイことを言ったのかと焦るが……。


「ところで六ちゃん、勇者だったなら、やっぱり魔法とか使えたりしたの?」

「魔法!? お、お兄ちゃん、魔法使えるの!?」


 どうやら興味があるようで、二人とも、特に鈴音は期待した眼差しが眩しい。


「あー悪いけど、俺に魔法の才能はなかったんだよ」

「えぇーっ!」

「あらら、そうなの?」

「魔法を使う魔力自体は膨大なんだけど、それを属性に転換する才能が欠片もなかったんだよな」

「魔力がいっぱいあるのに魔法が使えないの? ……それ意味あんの?」

「あるよ! だからお兄ちゃんをそんな哀れな人を見るような目で見るなっつーの!」


 確かに当初、俺が魔力はあるのに魔法が使えないと知られた時の、周りの絶望は果てしなかった。

 異世界では魔法というのは大きく二つに分けられる。


 属性魔法と支援魔法だ。


 属性魔法というのは、火や水などの自然エネルギーに転換し行使するもの。一般的に想像しやすい、これぞ魔法というものばかりだ。

 支援魔法というのは、身体能力を向上させたり、敵やトラップを察知したり、敵を拘束したり弱体化させたりなど多岐に渡る。


 俺はこれらの魔法を扱う才がなくて、ただただ溢れんばかりの魔力があるだけ。

 だから最初は出来損ないの欠陥勇者とか、魔力タンクとかいろいろ言われた。


「でもまあ、俺には他の連中にはない資質があった。それが――『魔力の実体化』だ」


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