第32話
「魔力の……実体化? それってどういうのなの?」
若干がっかりした様子の鈴音だったみたいだが、やはり興味はあるのか聞いてきた。
「まあ、説明するよりも見せた方が早いよな」
その直後、テーブルの上に置かれていた、鈴音のカップがフワリと宙に浮いた。
「えっ!? な、何なん急に!? う、浮いとんやけどっ!?」
声を上げたのは鈴音だったが、彼女の隣に座っている叔母もまた目を見開いて固まっている。
無重力空間でもないのに、いきなり物が浮かぶのは超常現象でしかないだろう。とりあえずこれが一番分かりやすいと思って見せたのだ。
驚く彼女たちが面白かったので、今度は周囲にあるものをいろいろ浮かせた。
ティッシュ箱、花瓶、リモコン、少し離れた場所にあるソファなどの重いものまで。
その光景に、彼女たちはあんぐりと口を開けながら見入っている。
「お、おおおお兄ちゃんがコレやってるん……やんな?」
「す、凄いわね……! でもこれ……魔法じゃない……のよね?」
二人のそれぞれの疑問に「まあな」と答える。
「このままじゃ何が起こってるのか分からないだろうし、今からその実態を見せるぞ」
そして何故カップたちが浮いているか、その謎が解き明かされていく。
そこには何もなかったはずの空間に、段々と淡い山吹色をした物体が見え始めた。
そしてソレは、俺の身体から放出されており、そのまま浮かんでいる物たちを覆っている。
「え、え、え!? こ、このオレンジのやつって何なん!?」
「おいおい、鈴音。だから見せた方が早いって言ったろ?」
「っ……じゃあ、コレって魔力なん?」
いまだ驚愕に包まれている鈴音に、「そういうこと」と笑みを浮かべて口にした。
俺は魔力を操作し、浮かんでいるものをそっと元の位置に戻すと、そのまま魔力を自分の方へ収束させていく。
「今のが『魔力の実体化』。つまり、魔力そのものを使って、モノを掴んだり身を守ったりすることができるんだよ」
「ね、ねえお兄ちゃん、それ……触っても平気?」
今も俺の身体を覆っている魔力に興味津々といった感じだ。俺はクスッと笑うと、鈴音たちの方へ魔力を伸ばした。
鈴音だけでなく、叔母もまた興味深そうに指先で触れ始める。
「わぁ……何だか不思議な感触だね」
「そうね。弾力があって……少し温かいわ」
「確かにキーちゃんの言う通り、ちょっとあったかくて……あれ、固くなった?」
ゴムのような感触だったものが、今度は鉄のような硬度へと変化したのだ。
「今みたいに俺は、魔力の硬度を自在に操作することができる。それに――」
今度は魔力の形を変化させて、いろいろなものを象っていく。動物の姿だったり、人間のような手だったり、本のような形にもした。
「こうして形態だって変えられる」
「ふぅん……てかお兄ちゃん、異世界じゃないのに魔力って使えたんだね」
「ああ、それは俺を召喚した女神のサプライズみたいなもんだろうな。お詫びに、勇者として培った力をそのまま引き継げるようにしてくれたんだ」
「うーん、それだったら普通に魔法を使えるようにしてもらえたら良かったのに」
確かに叔母の言うように、神様だったら簡単にできそうだが……。
「女神ができるのは、加護を与えることと、その者の資質を開花させることだけらしい」
二人揃って「加護?」と口にしてきた。
「加護ってのは、まあ神の祝福みたいなものかな。身体が滅茶苦茶丈夫になるし、運が良くなったり、神様の権能の一部を使えたりな」
「それにしてはお兄ちゃんてば運はそんなに良くないよね? 就職だって全然決まらなかったし」
「うっ……た、多分こっちの世界では効果が半減するんだと思うぞ……多分」
確かに幸運属性が備わっているなら、就職活動はもっと楽にできたはずだろう。まあでも実際に、高卒の俺がこうして仕事に在りつけているのだから、他の人と比べても恵まれているのは事実かもしれない。
「そうなんだぁ……あ、でも神様の権能ってどんなもんなの?」
「ああ、それはだな……」
「……!? 六ちゃん、あなた右目が……!?」
めざとく俺の目が変化したことに一早く叔母が気づく。
瞬間、俺の目の前に置かれていたカップが、右目に吸い込まれるようにして消失した。
そして再び、右目からカップをテーブルの上に送還する。
「今のが俺に与えられた女神ユミリティアの権能――『次界の瞳』ってやつで、要は何でも収納できて、いつでも取り出せる万能収納ボックスみたいなもんだな」
「お、お兄ちゃんてば……ホントに異世界に行ってたんだね……」
「何だよ鈴音、信じてくれたんじゃなかったのか?」
「し、信じてたけど、こうやって実際に見るとより実感したというかさ……」
「そ、そうね……けど便利ね、その力。これから買い出しとか六ちゃんに全部任せよかしらね~」
二人が、俺や魔力をマジマジと見つめている中、不意に疑問に思ったように鈴音が口を開く。
「でもお兄ちゃん、魔力を実体化させるのってそんなに凄いの? 何か地味だし」
グサッと胸に突き刺さるようなことを言ってくれる。
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