元勇者、今はアイドルのドライバーやってます

第42話

　突然夕羽の姿が消えたことで気になった俺は、あの場から静かに抜け出して彼女を捜しに外へ出ていた。

　気配は覚えているので、そのまま追ってみると、事務所のすぐ近くにある路地に辿り着いた。

　どうやら彼女はスマホを耳に当て、誰かと通話をしている様子である。

　耳を澄ませば、彼女の声が聞こえてくる。本来ならプライベートの話だろうから、見なかったフリをするべきだろうが、この状況での電話というのが何となく気になった。

　勇者としての直観が働いたといえる。だからついその場に立ち止まって様子を見守ることにした。

「……だから何度も言ってるじゃない！　これ以上、私たちに迷惑をかけないでって！」

　いつもクールで優美な彼女だが、今はまるで正反対の顔つきと雰囲気を纏っている。そう、まるでモールの時の十羽のようだ。

　何度もスマホの向こう側の相手に怒号をぶつけ、徐々に勢いが弱まっていく。

「っ……お願い……お願いだからもう……止めて…………兄さん」

　夕羽が兄と呼ぶ存在。いや、兄に等しい存在といった方が正しいだろう。

　そしてその相手は間違いなく、あの男のこと。

　恐らく、社長から話を聞いた夕羽は、居ても立ってもいられず、ここに来て彼に電話をしたのだろう。

　横入りを止めてほしいと懇願したに違いない。

　だが彼女の今の姿を見るに、その想いは呆気なく打ち砕かれた。

　夕羽は泣きそうな顔のまま両膝を折る。

　マズイな。このままじゃあの子の心まで折れかねない。

　多分だが、夕羽はいまだ心のどこかで家族のように慕っていた原賀を信じているのだ。いや、信じたいのだ。しかしどれだけ手を伸ばそうが、無残にも奴は振り払う。

　俺はすぐさま路地へと入っていって、力なく項垂れている彼女の手からスマホを取り上げた。

「……え？」

　当然、いきなり現れた俺に驚きを見せる夕羽だが、俺はそれに構わずスマホを耳に当てた。

「【スターキャッスル】のプロデューサーであり、元【マジカルアワー】のドライバー兼マネージャーの原賀馬玄（まくろ）さんですね？」

「……？　誰だい君は？　夕羽はどうした？」

　思った通り、原賀の声が聞こえてきた。

「初めてではないんですけど、モールでは挨拶もできませんでしたし、失礼ながら名乗らせて頂きます。俺は【マジカルアワー】の現ドライバーを務めさせてもらっている大枝六道といいます」

「現……ドライバー？　ああ、もしかして僕の後釜かな？」

「はい。先代であるあなたがどうしてそこにいるのか、一応話には聞いています」

「……なるほど。それで？　たかがドライバーの君が、僕に何か用かい？」

「ええ、一つだけお聞きしたいことがありまして」

「ほう、何かね？」

「今ここに、あなたのことを想って泣いている子がいます。それをどう思いますか？」

　俺の問いに、呆然としていた夕羽が息を呑む。

「………………別に何も」

　ナイフのように鋭く、そして冷たい言葉が発せられた。

　夕羽の顔がさらに陰り、次第に俯くが……その頭にポンと手が置かれる。またもハッとした夕羽が、不思議そうに手を置いた俺を見上げてきた。

「そうですか。どうやらあなたは本当にどうしようもない人のようですね」

「はは、言ってくれるじゃないか。これでも選ばれた存在なんだけどね。そしてこれからもどんどん名が世に知れ渡っていく。そんな相手を捕まえて、いちドライバーが評価していいと思うのかい？　身の程を知った方がいいね」

「確かに俺はアイドルのことをまだ何も知らないし、この子たちの頑張りをちゃんとサポートできているわけでもない。でも……でもな――」

　俺は目を鋭くさせ、怒気を込めた言葉を告げる。

「――お前が間違っとることだけは分かんで」

「ん？　関西弁……いや、それよりも間違ってる？　はは、今僕は大手アイドル事務所のプロデューサーだよ？　将来を約束されたエリート。勝ち組の僕のどこに間違いがあるのかなぁ？」

「それが分からへんのやったら、いずれお前に待っとんのは破滅だけや」

「……何？」

「これでもこっちは結構いろんな経験をしてきとんねん。やから分かるんや。お前みたいなクズは、絶対報いを受けることになるてな。それが嫌やったら、今すぐにでも生き方を変えるべきやで」

　これでも一応勇者をやっていたのだ。どんな悪党にも、引き返せる道を示すことくらいはしたい。

　さて、コイツの答えは……。

「いやぁ、ご忠告ありがとう。嬉しくて涙が零れ落ちそうだよ。だがこれでも忙しい身でね、これ以上無駄な時間を浪費したくはないんだよ。そろそろ終わらせてもらっていいかな？」

「……さよか。なら最後に一つだけ言うとくわ」

「ん？」

　この男にだけは、言っておかないと気が済まない。

「――――この子たちは……【マジカルアワー】は、お前には負けへん」

「…………せいぜい頑張りたまえ、無駄な努力をしてね」

　そうして通話が静かに切れた。