第67話

「大丈夫?」


 恐らく私とそう変わらない年頃だろう。そんな少女が、大の男を弾き飛ばしたことに驚いたが、何故そんな少女がここにいるのか困惑してしまう。


「早く逃げるよ!」


 その子が逃亡を促してくれたことで、ようやく思考が戻り、彼女は自分たちを助けにきてくれたことを知る。


「待って、まだ姉さんが縛られてて!」


 すると少女は姉さんの姿を見ると、あろうことかきつく縛られている紐を両手で軽く引き千切ったのである。

 思わずその怪力ぶりに唖然としてしまったが、少女は何でもないような感じで「これで逃げられるよね!」と笑顔で答えると、私は姉さんと一緒に車から出てその場から逃げた。


 どうやらここは大きな倉庫のような場所で、少し遠目から男たちの声が聞こえてくる。どうやら騒ぎを聞きつけたようだ。


 少女が「こっちだよ!」と先導してくれた先には裏口のような扉が開いていて、そこから私たちは脱出することができたのである。

 三人でまずは人通りの多い場所へ出ようと走っている時、私はふと少女がスマホを持っていたら警察を呼ぶべきだということを伝える。


「あ、そういやそうだった! 一刻も早く助けなきゃって思って、車に追いつくのに必死で走ってて警察呼ぶの忘れてたよ!」


 ……車に追いつく? 走って? 冗談でしょ?


 そんなことができる人間なんかいないと思うが、少女が嘘を言っているようには思えない。それに実際に彼女が助けに来てくれたのは事実だし……。

 すると立ち止まった少女が、スマホで警察に電話をかけよとした瞬間、乾いた音と火花が足元から起きた。


 少女がその音で「わわわ!?」と慌てた様子でスマホを落としてしまう。それと同時に、また乾いた音が響き、今度は近くにある電信柱から火花が走る。見れば明らかに弾痕と思しきものがそこにはあった。

 そうだ。追いかけてきた男たちが銃を放ってたのである。


「早く逃げるわよ!」


 そう声を張り上げて、私と少女の手を取って走り出したのは姉さんだ。


「ちょっ、わたしのスマホォォォォ~!」


 泣きそうな声で叫ぶ少女だが、ここは我慢しろと言いたい。あのままでは銃撃で死んでいたかもしれないのだから。

 それにしても銃まで持ちだしてくるとは最悪だ。そこまで誰かに恨まれているのだろうか。確かにまだアイドルとしてデビューはしていないが、モデルなどで顔が売れているし、そのせいでオーディションなどで蹴落とすことになった人たちはいる。


 もし私がいなければと思う人たちもいるとは思うが、ここまですることかと半信半疑ではある。

 しかし今の時代、廃れた世の中である。そんなことしないだろうと思う些細なことでも、僅かな金銭目的で犯罪に走る可能性は高い。


 けれどもしそうなら、彼らの目的はあくまでも自分たちであり、この少女は無関係のはず。だからこの状況に申し訳なさが込み上げてくる。


「……ごめんなさいね」


 そう口にしようとしたが、先に謝罪の言葉を述べたのは姉さんだった。

 少女は小首を傾げているが、姉さんはそのまま続ける。


「私たちのせいでこんなことに巻き込んでしまったわ。本当にごめんなさい」


 どうやら姉さんも自分と同じことを考えていたようだ。やはり姉妹。思考も似ている。

 すると少女はニカッと笑いながら答える。


「気にしないで! 困った時はお互い様だしね!」


 本当に清々しいほどの人の良さだと感じた。そしてどこか既視感のようなものも覚える。 

 彼女とは初めて会ったが、初めての気がしないというか……。

 この温もりのような雰囲気と人の良さ。誰かに似ている。


 ……ああ、あのおせっかいなドライバーに似ているのね。


 私は不意に脳裏に浮かんだ人物に、こんな状況にもかかわらず頬が緩むのを感じた。

 そうだ。きっとあの人なら、こんな状況でも少女と同じことを言うだろうと根拠のない自信がある。


「まあそれに、うちのお兄ちゃんなら同じことすると思うし」


 小声だったためハッキリとは聞き取れなかったが、お兄ちゃんという言葉だけは分かった。

 その時、前方に車が停車する。そこから明らかに人相の悪い男たちが降りてくる。間違いなく誘拐犯の仲間だろう。


「やっば、先回りされちゃったみたい」


 少女が顔を引き攣らせながら言う。後ろからも追っ手はきているし、このままでは捕まってしまう。


「こっちに脇道があるわ!」


 姉さんが気づいた一本の道。その先はどこに通じているか分からないが、こうなったら突っ切るしかない。

 またも銃声が響き、それを皮切りに私たち三人が脇道へと走り出す。

 当然向こうも追ってくるので、ただただ全力疾走するしかないのだが……。


「――っ!? う……嘘……っ」


 思わず私の口からそんな言葉が漏れ出る。

 何故なら、目の前には壁。正確には建物で遮られていて、左右に通じるのは猫がようやく通れるほどの細い道しかない。さすがに体型に気を付けているアイドルといえど、この細さは通れない。

 建物の高さは三メートル以上はある。まさに行き止まりだった。


「まっずいなぁ……今のわたしじゃ、さすがに人間一人抱えてジャンプで飛び乗ることはできないよ」


 少女は悔し気に言うが、まるで一人なら飛び越えることができるような言い方だ。けれどこれまで走ってきたというのに、息も切れていないし、どこか余裕もあるし、本当にこの子は何者なのだろうか。


「……二人とも、私が肩車をするから屋根に上がりなさい」

「姉さん、何言って……っ!?」

「それしか方法はないの。それで助けを呼ぶのよ!」

「姉さん……でも姉さんは?」

「大丈夫よ。大人しくしてればまだ殺しはしないでしょう。人質としての価値はまだあるかもしれないしね」

「そ、そんなの分からないじゃない!」


 相手は銃まで放ったのだ。まだ威嚇なのか殺す気なのか定かではないが、どちらに傾いてもおかしくはない。


「私だけ助かるなんてお断りよ!」

「そうね。だからさっさと助けを呼んできてって言ってるのよ」

「っ……姉さん」

「このまま全員が捕まるよりは、全員が助かる可能性のある方に懸けるだけよ」


 真っ直ぐ私の目を見据えてくる。知っている。この目をした時、何をどうしても私の話など受け入れてくれないことを。自分に似て頑固過ぎるところが本当に恨めしい。


「…………分かったわ」

「ありがと、夕羽。じゃあまずはあなた――」

「ううん、まずはそっちの子が先」


 少女を優先しようとしたが、当の本人が私を指差した。


「え、でもあなたはただ巻き込まれただけで……」


 そんな私の言葉に対し、少女は首を横に振る。


「巻き込まれたんじゃなくて、巻き込まれに行ったの。だから途中で逃げ出すなんてしたくないわけなんだよね。だからほらほら!」

「……夕羽、さっさとしなさい」

「姉さん…………分かったわ」


 それ以上は時間の無駄になりそうなので、私は二人の言葉に従い行動することにした。

 姉さんが腰を下ろすと、その肩に両足をかけて、壁には手をついてバランスを取る。


 怪我をしている影響なのか、姉さんが一人では立ち上がれそうになく、少女がそれを支えてやると、姉さんがゆっくりと足を伸ばすことができた。

 私は必死に手を伸ばして屋根に指をかける。指に力を入れて、今度は手の平まで滑らせガッチリ屋根を掴む。


 普通の女子なら自分の身体を持ち上げるのは難しいかもしれない。しかしアイドルとして、毎日厳しいレッスンや筋トレだってしてルックス維持を保っているのだ。


 ――これくらいぃっ!


 必死に歯を食いしばって身体を両腕で持ち上げていき、最後は屋根に足をかけて強引に屋根の上に出た。


「はあ……はあはあ……! ね、姉さん!」


 下を見ると、姉さんが倒れ込んでいて、少女が介抱していた。

 もしかして傷が開いたのか、意識も朦朧としてる様子。


「早く行って! お姉さんの想いを無駄にしちゃダメ!」

「っ……………くっ!」


 本当は飛び降りて姉さんのもとに駆け付けたい。しかしそんなことをしたら姉さんの頑張りを無にすることになる。それだけはしたくなかった。

 私は屋根を伝っていき、低いところで地上へと飛び降りた。それと同時に再び銃声が轟く。思わず不安と恐怖にかられるが、足を止めずに走っていく。




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