第68話

 俺は今、都内でも有名な超高層ビルの屋上に立っていた。フェンスの向こうのビルの端に立ち、眼下に広がるコンクリートジャングルを眺めている。


「……急がないとな」


 パンッと、音を立てて合掌する。


 すると俺の身体から凄まじいまでの魔力が溢れ出し天を昇りながら広がっていく。さらに魔力がビルを伝って地面にも向かい広がる。

 そして魔力が分割し始め、瞬時にして空には無数の鳥、地面には無数のネズミへと変化した。


「――行け」


 指示と同時に、魔力で形成された鳥とネズミの群れは一斉に散開していく。その速度は異常で、普通の鳥やネズミの数倍の速さを有していた。

 それぞれの魔力生物には、俺と意識を共有している。だからそいつらが見たもの聞いたものを自分も同時に知ることが可能。


 さらに大小も様々で、こうして空も飛べ、地上だけでなく地下だって自由自在である。探し物をする際に、これほど便利な能力は他にはないだろう。

 この街中を、できる限り時間をかけずにくまなく調べる。そしてこの街にいなくても、さらに魔力を注ぎ他の街へと捜索範囲を広げていく。


 その気になれば、一週間もかからずに日本全国を調べ上げることだってできる。そのあとは魔力切れでぶっ倒れてしまうのでやらないが。

 例の夕羽から届いたメッセージの前には、デビュー会場に向かってるって連絡はあった。だったらその最中に何かあったのは明らかだな。


 なら時間的に逆算しても、そう遠くないところでトラブルが発生したと思われる。

 つまりこの方法なら、すぐに探し物は見つかるはずだ。

 そして僅か一分ほどでさっそく目当てのものを確認できた。


「……見つけた」


 しかし……だ。


「……何でアイツも近くに……しかもこれは……まあいいか」


 ある事実に対し思わず頭を抱えそうになったが、そんな時間も無駄なので、さっそく現場に向かうために俺は、そのビルから飛び降りた。


     ※


 姉さんと少女に送り出され、こうして見慣れぬ場所を走っているのだが……。

 どうやらここは都会の中のスラム地区の一種で、治安の悪さでは有名なところだった。ここでは犯罪が横行しており、警察ですら介入を控えている場所だとも聞く。


 人を発見して声をかけようとするが、それは男性だけの集団で、私を見るとニヤニヤとあくどい笑みを浮かべて近づいてきた。


 ダメ、あの人たちは私の話なんて聞いてくれない!


 咄嗟に関わってはいけない連中だと判断しその場を離れる。だがその先にもやはり危なそうな人たちと出くわす。

 そもそもここにも銃声は聞こえたはずだ。それなのに平気で外にいるということは、ここでは銃声など珍しくはないということ。


 つまりこんな場所にいても、決して安全ではない。それどころか捕まれば何をされるか分かったものではない。


 逃げて、逃げて、逃げて。 


 とにかくこの地区から抜ける必要があるが、隠れながらではなかなか距離が稼げない。それにさすがに体力にも限界が訪れてくる。

 背後から足音が聞こえてビクッとし振り向くと、そこにはあの背筋が凍るような笑みを浮かべる男性たちがいた。慌てて前方へ走り、建物の角を曲がった直後に何かにぶつかる。


 思わず尻もちをつき、目の前にいた何かを確認すると、そこにはまるで餌でも見つけた肉食獣かのような表情を浮かべる男たちがいた。


「お、マジかよ!? こんなとこに極上の女はっけ~ん」

「おい、先にやらせろよ」

「まあ待てって、まずは薬漬けにした方が都合が良いだろ」


 そんな怖ろしい言葉を次々と発する男たちに絶句してしまう。同時に腰が抜けたのか、全身が震え立ち上がれない。

 男たちは私に向かって近づいてくる。この先、どうなるか容易に想像できる。そこには間違いなく絶望しかない。


 せっかく姉さんたちが命を懸けてまで送り出してくれたのを無駄にするばかりか、自分の人生もこれで終わってしまう。


「や……止め……来な……で……っ」


 必死で声を出そうとするが口が乾き切っているからか、なかなか言葉にならない。それでも必死に来ないでほしいと願いつつ後ずさりをする。


「きひひ、いいねぇ。使い切ったら闇オクにでも売ったら最高だろうなぁ」


 男たちが欲望を隠そうとしないまま手を伸ばしてくる。


「い……や…………助け……て…………助けてぇぇぇっ!」


 最後の力を振り絞るように目一杯声を上げたその時、


「――悪いけど、汚い手でウチのアイドルに触れないでもらいたいな」


 そんな声とともに、こちらに伸びていた男の腕を掴んで止めた人物がいた。


「んな!? な、何だよてめえはっ!?」


 男がギョッとしながら、自分の腕を掴んでいる人物に怒鳴った。

 私もまた信じられない面持ちでその人物を見ると、その人は優し気な笑みを浮かべてこう言った。


「もう大丈夫だ。遅くなって悪かったな」


 直後、私は全身の力が抜けると同時に、両目から涙が溢れ出た。


     ※


 余程怖かったのだろう。夕羽が泣いている姿を見て、彼女を悲しませた原因に怒りを覚えた。


「お、おいてめえ! いつまで人の手を――」

「ちょっと黙れ」


 ギュッと軽く力を込めてやると、掴んでいた腕からバキッと乾いた音がした。


「んぎゃあぁぁぁぁっ!?」


 手を離してやると、男は明らかに砕けた腕を抱えながら悶えている。それを見た他の連中も、火が付いたように俺に向かってきた。


「ここがどこか分かってんのかクソ野郎!」

「誰を敵に回してんのか教えてやるよぉ!」


 どうでもいいことを言いながら殴りかかってくるが、そいつらの攻撃を回避すると同時にカウンターを入れて吹き飛ばしてやった。


「まだやるか? 今のはこの子を怖がらせた罰だが、これ以上やるなら、俺も徹底的に潰すが?」


 殺気を込めた睨みを効かせてやると、男たちは白目を剥いて気絶した。


 あ、ちょっと殺気を込め過ぎたな。ま、いっか。


 俺は涙を流している夕羽にそっと近づき、羽織っていたスーツを彼女に着せてやる。


「どこか怪我はしてないか?」

「っ……ど……どうしてここが?」

「あー……それはまたあとでな。今はそれよりも優先すべきことがあるだろ?」

「!? そうだ、姉さん! 姉さんが!」

「ああ、分かってる。ちょっと怖いかもしれないけど我慢な」

「ふぇ……?」


 困惑するのは分かる。何故なら、いきなり俺が彼女を横抱きに持ち上げたからだ。しかし早くもう一つの現場に向かわないといけないので我慢してもらうしかない。


「ちょ……あなた……」

「いいから黙ってろ。舌噛むぞ」


 俺がそこから飛び上がると、三メートル以上もの高さにある屋根の上に着地する。その間、当然とばかりに「きゃあぁぁっ!?」と自分が空を飛んでいることに驚く夕羽だが、今は説明している時間はない。

 しかしその直後、視線の先で天を衝くような竜巻が発生したのを発見する。


「……あのバカ」


 辟易する思いを抱えつつ、俺は夕羽と一緒に竜巻へと向かって行った。



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