第69話

 正直これからどうすればいいか迷いに迷って袋小路に追いやられている。実際行き止まりにもぶつかっているしね。いやいや、そんな上手いことを言ってる場合じゃないか。

 わたしの傍には、意識を失っている綺麗なお姉さんがいる。そして周りは建物で覆われていて、前方には銃を持った危ない連中が複数。


 何故こんなことになったのか……。


 それは少し前、お兄ちゃんの仕事先に所属するアイドルのデビューライブを観るために会場へと向かっていた時のことだ。

 ちょっと遅れたからと急いでいたところ、突然誘拐現場に出くわしたのである。


 最初はナンパか何かと思ったが、急に今ここにいるお姉さんが男の人に殴られて倒れ、そのあとに車から出てきた女の子が、お姉さんと一緒に男たちの車に乗せられたのだ。

 間違いなく事件だと思った瞬間、すでにわたしは走り出していた。見て見ぬフリなんてできなかったからだ。


 しかし車の速度に追いつけるわけがない。どうすればと思ったが、すぐに解決法を思いつく。

 そう、わたしにはお兄ちゃんからもらった《ストックリング》がある。三つの魔法がストックされているそのリングだが、その中の一つである《グロウアップ》という魔法を使った。


 この魔法を使うのは初めてではない。一応お兄ちゃんの監視のもと、魔法の訓練を行った経験もあったから。その中でもどうやら《グロウアップ》が一番わたしに馴染むことが分かった。 

 この魔法で身体能力を向上させれば、最高速度で走れば、今のわたしでも百メートルを五秒くらいで走り切れる。


 そうして全速力で車の後ろを走っていると、都内にあるスラム地区へと入っていき、その奥にある大型倉庫へと辿り着いた。

 入口は誘拐犯が見張っているようなので、どこか入れるところを探し裏口を発見。そこから中に入ったところで、攫われた女の子が男に殴られそうになっている現場に出くわす。


 考えるより先に駆け出して、男の顔面に飛び蹴りを放っていた。

 そうしてそこから女の子たちを連れ出して逃げたのはいいが、結局行き止まりに捕まってしまった。


 何とか女の子だけでも屋根の上へ逃がすことができたが、お姉さんは意識を失ってしまい、ハッキリ言ってヤバイ状況である。


 わたし一人なら逃げられるけど、置いていくなんてカッコ悪いもんね。それに、わたしにはお兄ちゃんにもらった《ストックリング》もあるし!


 ただここまで結構魔法を使ってきたので魔力も大分消費した。お兄ちゃんから魔力のコントロール法を教えてもらい、ずっと訓練してきたお陰で、自分の魔力でも発動することができるようにはなっているが、まだまだ魔力量も少なくて持続時間が短いのだ。


 向こうは銃を持ってるし、お姉さんを抱えたままじゃ満足に動くこともできない。


「……とにかく時間を稼げば、あの子が助けを呼んでくれるかも」


 正直賭けにはなるが、何となくだがどうにかなるような気もする。わたしは昔から勘が良いのだ。直感通りに行動すれば、結果的に良い方向へ流れたことが多々ある。

 そこへゆっくりと銃を構えながら男たちが近づいてきた。


「そこまでだ。もう諦めろ」

「おじさんたち、誘拐なんてダサいことして楽しいの?」

「小娘、挑発か? コレが見えてないのか、ああ?」


 ドスの効いた声音をぶつけてくる。


「銃なんてもんに頼らないと、女の子一人どうにかできないなんてホントカッコ悪い!」

「……もういい。おい、とりあえずコイツらを取り押さえろ。んで、逃げたヤツをすぐに追え」


 男の指示を受け、数人の男がこの場から離れていく。そして残った男たちが、わたしたちを拘束しようと接近してきた。


「……残りの魔力じゃ心許ないけど」

「あ? 何言って……」

「――――《ストームウォール》ッ!」


 わたしはありったけの魔力をリングに注ぎ、ある魔法を発動させる。

 すると、わたしを中心にして大気が渦を巻き始めて、一瞬にして天に昇るほどの竜巻へと育つ。


「な、竜巻ぃっ!? 何だってんだいきなり!?」


 指示を出していた男が愕然とした表情を浮かべつつ叫ぶ。

 またこちらに接近し過ぎていた男たちは、竜巻の風圧を受けて弾き飛び、そのまま壁にぶつかって意識を失う。


「ふ、ふざっけんなコラァッ!」


 わたしたちに向かって銃を乱発してくる。しかし螺旋の壁は厚く、弾丸は即座に弾かれていく。


「う、嘘……だろう……っ!?」


 呆然とする男たちだが、わたしとしても予定外ではあった。


 うぅ……思った以上にキツイし……やっぱ範囲が狭いよね。


 魔法の威力は注がれた魔力の量や質に比例する。まだ未熟なわたしには、精々がわたしを中心にして半径五メートルほどが限界。しかも予想以上に魔力を消耗してしまっていることで、この状況を持続することができるのも一分ほど。

 できればこのまま相手にするのは分が悪いと思い逃げてくれれば儲けものなのだが……。


「クソが! こっちは大金がかかってんだ! こんなとこで退いてたまるかよっ!」


 銃に新しい弾を込め、またもこちらに向かって放ってくる。


 ……ちょっとちょっとぉ、さっさと諦めてよ!


 絶対防壁で守られているといっても、こちらももう……。


 三十秒……四十秒……五十秒…………。


 次第に竜巻の規模が弱まり、とうとう風の防壁が崩れてしまった。

 わたしは汗だくになり膝をつく。


「へ、へへ……何だかわからねえが、どうやら運も尽きたようだなぁ」


 こちらにはもう手はない。《グロウアップ》でさえもう発動できない。


「俺らの勝ちだぜ、小娘」


 銃を構え、ジリジリと近づいてくる。

 わたしはそこで初めて恐怖を覚えてしまう。何とかなると思ってはいても、窮地に陥ればやはり怖いものは怖い。 


「っ…………お兄ちゃん……」


 咄嗟に出た言葉は、この世で最も信頼する愛しの兄だった。

 一度言葉にしてしまったら、もう止まらない。わたしの感情はお兄ちゃんでいっぱいになった。


「お兄ちゃぁぁぁぁぁんっ!」


 その時、神がわたしの願いを聞き届けてくれたかのように、その声が聞こえてきた。



「――――あいよ」



 不愛想な声音とともに、わたしの目前に空から降り立ったのは――。


「お、お、お兄ちゃぁぁぁああああん!?」


 ――――大好きな兄だった。




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