第70話

 やっぱりそこにいたのは我が愛しの妹だった。

 何故こんなところにいるのかは定かではないが、どうやら危ないところだったようだ。


「お兄ちゃん!」


 俺の姿を見て満面の笑みを浮かべている鈴音。怪我はしていないみたいだが、魔力がほぼゼロだ。先ほど見た竜巻は間違いなく《ストームウォール》。

 ちらりと鈴音の傍にいる十羽を見る。恐らく彼女を男たちから守るために魔法を発動したのだろう。


 ……本当に無茶な子だ。


 兄としては一人でも逃げてほしい場面ではあったが、弱い者を守るために力を尽くそうした鈴音の心意気には褒めてやりたい。


「鈴音、そこを動くな。あとは兄ちゃんがやるから」

「うん! 気を付けてね!」


 鈴音は大して心配はしていないようだ。実際に俺の実力をある程度見せてやっているから、いくら銃を持っている奴が相手でも問題ないと確信があるのだろう。


「夕羽さんも、俺の後ろにいて」


 抱えていた夕羽を下ろすと、彼女はすぐに「姉さん!」と言って十羽の方へ駆け寄って行った。


「あぁ? てめえ今どっから来やがった?」


 俺の登場に唖然としていた男たちが、ハッとなって睨みを利かせてくる。


「そんなことは別にどうでもいいと思うけど?」

「はあ? いや、まあいい。こっちのターゲットまで戻ってくるなんて都合が良いからなぁ。てめえには礼として、コイツをくれてやらぁ!」


 そう言いながら銃の引き金を引こうとする男。

 それを見て、「危ないっ!」と叫ぶ夕羽だが、それを「お兄ちゃんなら、ダイジョーブだから」と鈴音が自慢げに言った。そのせいか「お兄ちゃん?」と戸惑いを見せる夕羽。


 直後、男が所持する銃から乾いた音が響き、銃口から弾丸だ俺の額に向かって放たれる。

 思わず夕羽が目を逸らすが、弾丸は額の手前でピタリと止まった。


「…………は?」


 当然不可思議な現象に男は固まる。

 何てことはない。奴らには見えないが、俺の前方には魔力の壁があるだけ。たかが銃弾程度の威力で貫通できるほど軟ではない。


「どうした? 俺を殺すんじゃないのか?」

「くっ……なめんな! おいてめえら、いつまでぼーっとしてやがる! 一斉に撃ちやがれぇっ!」


 男の後ろで同じように固まっていた部下らしき連中だが、懐から銃を取り出すと、全員が発砲してくる。

 しかしそのすべては俺の身体に触れる手前で魔力壁に阻まれた。そしてポロポロと地面へと弾が落ちていく。


 その異様な光景に男たちだけでなく、夕羽までもが信じられないといった様子で凍り付いている。対して鈴音は「さっすがわたしのお兄ちゃん!」と嬉しそうだが。


「気が済んだか? 悪いけど、こっちも急いでんだ。ここらで全員、潰れてもらうぞ」


 俺は魔力を指に集め指弾として放つと、リーダーと思しき者以外の額に命中させ、一瞬にして吹き飛ばして意識を奪った。


 本当は殺した方が楽だけど、さすがにアイツらの前じゃな……。


 そんな凄惨な現場を見せたくないので、ここはこれで我慢しておく。


「さあ、残ったのはお前だけだな?」


 ギロリと睨みつけてやると、「ひぃっ、バ、バケモノッ!?」と戦慄しながら逃げて行った。


「ちょ、ちょっとちょっとお兄ちゃん、逃がしちゃって良かったの?」

「今はそれどころじゃないんでな。それに後始末はちゃんとするさ。それよりも十羽さんは無事か?」


 鈴音の問いかけに答えながら、気絶している十羽へと近寄る。どうやら頭を殴られて出血しているようだ。この状態で走ったりしたものだから意識が朦朧として倒れてしまったのだろう。


「姉さん……」


 十羽を膝枕しながら心配そうな夕羽。


「お兄ちゃん、今すぐどうにかなんないの?」


 俺は少し思案したが、どのみち隠すのは今更だったので……。


「夕羽さん、これから起こること、できれば秘密にしてくれれば嬉しい」

「え? 何を……」


 俺は『次界の瞳』を発動させ、そこから小瓶を誕生させた。当然いきなり小瓶が現れたことに夕羽は目を丸くしている。そんな彼女の反応を無視し、俺は小瓶の蓋を開けると、その中身を十羽に飲ませる。


 すると僅かにコクコクと喉が動き、問題なく小瓶に入った液体が彼女の体内へ入っていくのを確認した。


 その直後だった。十羽の身体が淡く発光したかと思うと、傷が徐々に塞がっていったのだ。その様子に鈴音は感動し、夕羽は言葉を失っている。

 当然ながらこの世には存在しないファンタジーアイテムの一つだ。


 その名を――《ヒールウォーター》。


 飲めば十羽が負った傷程度なら即座に治癒してくれる回復薬だ。異世界では別に珍しい代物ではないが、この世界においては完全に奇跡の水であろう。


「っ…………ぁ」

「ね、姉さん! 姉さん、私よ、分かる?」


 夕羽が微かに声を上げた十羽に慌てて声をかける。


「う……ゆ、夕羽? あ、あれ? 私は一体……」

「姉さん……姉さん!」


 ギュッと十羽を抱きしめる夕羽だが、その力強さに十羽は思わず「わぷっ!?」と驚いて苦しそうにしている。


「ちょ、く、苦しいから! ていうか何でここにいるのよ! ああもう! 説明しなさいよぉ!」


 元気に困惑する十羽を見て、俺と鈴音は顔を見合わせて微笑んだ。


 こうして誘拐犯に拉致されていた二人+妹を助け出したあと、俺はすぐにスマホで社長に連絡をすると、夕羽たちの無事を心の底から喜んでくれた。


 時間もまだ今すぐ向かえば間に合うということで、大通りまで出てタクシーを拾うと、三人を乗せて俺だけは後で追うことにした。

 魔力生物を護衛としてタクシーに乗せているし、一応鈴音の《ストックリング》にも魔力を補充しておいたので、何があっても大丈夫と判断したのである。


 鈴音も彼女たちの護衛を快く引き受けてくれたのでホッとした。本当に出来た妹である。

 そうしてタクシーを見送ったあと、俺は再びスラム地区の方へと顔を向けた。



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