第96話
「――――ごめんなさいっ!」
事務所の中に小稲の声が響き渡る。彼女は目前に立つ社長たちに向かって頭を下げていた。
「い、いいのよぉ、小稲ちゃん! 私もちょっと説明不足だったし、不安にさせてしまったものぉ」
社長もさすがに小学生に頭を下げられるのは罪悪感があるのか、慌てながらフォローをしている。他の子たちも同様に気にしないでと笑顔で迎えている。
そんな中、やはり空宮だけはいまだ頬を緩めない。どこか悲痛そうな様子ではあるが、そんな彼女に向かって小稲が歩き出す。そのまま空宮の前に止まり、小稲は若干目を泳がせがちだが、それでも覚悟を決めて頭を下げた。
「ごめんなさい、タマちゃん」
「っ…………何がよ」
いつも通りにぶっきらぼうを装いながら空宮は聞き返した。
「……わたしね、いつもタマちゃんに守ってもらってて……そうすればどんなことも怖くないって思って。でも……それじゃダメ……なんでしょ?」
「…………それで?」
「いつまでもタマちゃんに頼ってたら、立派なアイドルなんてなれない。だからね……だから…………わたし、頑張るよ!」
「! ……小稲」
「そしていつか、胸を張ってタマちゃんと一緒のグループでアイドルができるようになる! だから…………だから……見てて、くれる?」
縋るような眼差しを受け、空宮はしばらく沈黙したまま彼女の目を見返している。そんな二人を六道たちは静かに見守っている。
そして空宮が「……ふぅ」と軽く溜息を吐くと、そっぽを向いて答える。
「フン、小稲はどんくさいから、いつまでもノロノロしてたら追いていくからね」
それが彼女なりの精一杯の声援なのだろう。
(何でここでツンデレ発揮するかなぁ。まあ……小稲には伝わったみたいだけど)
小稲を見ると、「うん!」と満面の笑みで応えていた。さすが長年一緒にいるだけある。
「そ、それと一番謝らなきゃいけない相手を間違えるんじゃないわよ!」
それを言われて小稲はハッとすると、急いである人物の前まで行く。
その相手は夕羽である。
夕羽も「え?」と驚いた様子を見せた。
「あ、あの、夕羽……さん、その……さっきは失礼なことを言っちゃって……本当にごめんなさい!」
一体どんな反応を返すのかと見ていると、夕羽は少し戸惑いを見せたものの、すぐにキリッとした表情を浮かべて、小稲に向かって手を差し出した。
「これからともに頑張りましょう、福音さん」
差し出された手を、「はやや!?」と言いながら両手で掴み、「こ、こちらこそでしゅ!」と返事をしてその場に笑いが生まれる。そのせいで、小稲は真っ赤になって居心地悪そうだが、どうにか円満に終わったようで何よりだった。
するとパンパンと社長が手を叩き、皆の視線を集める。
「よーし、それじゃさっそくあなたたちにお仕事よ!」
仕事と聞いて、見るからにやる気を漲らせるのは空宮だ。次いで楽しみそうな月丘がいる。
「ど、どんなお仕事ですか!」
「ふっふっふ~、と~っても大事なお仕事よぉ、姫香ちゃん」
その言葉に月丘はワクワクが止まらない様子。空宮も真剣な眼差しで社長を見つめている。アイドル意識が強い彼女たちにとっては、仕事と聞くと居ても立ってもいられないのだろう。しかし次の社長の言葉に、二人のやる気は萎んでしまう。
「これからあなたたちにやってもらうことは――――――グループ名を決めることよぉ!」
その直後、月丘と空宮の表情が固まり、やがてガックリと肩を落とした。月丘は「なぁんだ、期待して損したよぉ」と嘆き、空宮はプルプルと身体を震わせ、
「ちょっと社長っ、思わせぶりは止めてよねっ!」
牙を剥かんばかりの勢いで怒気を露わにした。
「あ、で、でもタマちゃん、グループ名はその……大事だよ?」
「こ、小稲……そ、それはそうだけど……むぅ」
それでも彼女にとって期待していた分の落差は大きいようだ。しかしながら小稲の言っていることもまた正しいのが分かっているからか、怒る気力を何とか抑えたらしい。
「そうそう、グループ名はこれからあなたたちにとっての顔になるんだから、ちゃーんと決めないといけないわよ」
社長を擁護するように十羽が言うと、夕羽も「確かにそうね」と納得したように頷く。
「っ……ああもう分かったわよ! さっさと決めればいいんでしょ、決めれば!」
そうやけっぱちにならない方が良さそうだが、今ツッコめば余計な火種になりそうなので六道は事の成り行きを見守ることにした。
そうして空宮、月丘、しるしの三人、小稲と夕羽のそれぞれのグループに分かれて名前を考えることにしたようで、その間は暇なこともあり、六道はスマホでアイドルの動画を視聴していた。
社長たちもそれぞれに事務仕事があるようで席について仕事中だ。
(……お、新しい動画が投降されてる)
いろいろ検索していると、目に着いたのはライバル会社である【スターキャッスル】の公式『ジョブチューブ』の新作動画だった。
そしてそれは先日【マジカルアワー】と同じ舞台に立った【ブルーアステル】の子たちを主軸にしたもの。
どうやら早くも新曲を近々発表するとの内容であり、さすがと言おうか、まだ新人でありながら再生数もすでに五十万回を越えていた。この勢いだと近く百万回以上に手が伸びそうだ。
(……良かった。どうやら問題なく活動できてるようだな)
彼女たちのプロデューサーだった男――原賀馬玄は、六道が排除した。そのせいで彼女たちには申し訳ないことをしたが、この動画を観るに会社はいまだ推しているようなので一安心した。
(しっかし、こっちの再生数はあまり伸びてないなぁ)
それは【マジカルアワー】の公式『ジョブチューブ』だ。デビューをしたことでそれなりに認知されて再生数が回るかと期待されたが、世の中そう上手くいかないようで、確かに以前よりは増えたが、大手と比べると雀の涙としか言えない。
これも今後活動していくことで徐々に増えていくだろう。そう願いつつ、他の動画も観ていると……。
「…………………ねえ」
そこへ不意に声をかけられ顔を向けると、そこには空宮が立っていた。
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