第47話
大手のアイドル事務所の中で、誰もが頭の中でパッと思いつく事務所が三つ存在する。
アイドルのみならず、俳優や歌手など多岐に渡る芸能事務所として名を馳せている【フラワーロードプロダクション】。
男性アイドルだけが所属し、女性の熱狂的ファンが多い【サニーズ事務所】。
そして、二つの事務所と比べて規模は小さいながらも、実力があるアイドルたちが数多く所属している【スターキャッスル】。
これら三つの事務所こそ、ザ・アイドル事務所と呼ばれ、多くの若人たちが未来のスターになるために門を叩く。
ただこの中でも、【スターキャッスル】は歴史も浅く、ここ近年で急激に浮上してきた事務所でもあり、一代でここまで会社を大きくした現社長は、海外でも注目されている人物の一人でもある。
時の人とも呼ばれる【スターキャッスル】の社長――大城星一郎は、当然毎日多忙であり、月の半分以上は海外で仕事も行うので、彼が日本にいる期間も短く、アポイントメントを取ることすら困難だった。
そんな大物と、現在、【マジカルアワー】の社長である絵仏篝と、その社員である八ノ神十羽が、【スターキャッスル】の会議室にて顔を突き合わせていた。
会議室にいるのは、四人だけ。
先に挙げた三人以外は、大城星一郎の秘書をしている女性である。彼の傍に立ち、いつでも彼の言に対応できるように控えている。
今回、会議を開けたのも、本当にたまたま星一郎が先日帰国していた結果。そこで今回の件を耳にした星一郎が、会社を代表して交渉を請け負うことになったのである。
「この度は、お忙しいところ、このような場を設けて頂けて感謝しております」
ビシッとスーツで決めた篝が、失礼のないように頭を下げて感謝を述べた。
「いやなに、別に構わんよ」
野太い声が響く。年の頃は五十代前半ほど。常に睨みつけているかのように眼光は鋭く、口周りと顎に整えられた白髭が、より威圧感を助長させている。
さすがに一代で大会社を築き上げたほどの人物なのか、対面しているだけで、まだ若い十羽は気圧されているかのように全身に力を入れていた。
対して隣の篝は、温和な雰囲気を崩さずに微笑さえ保ったまま。ここらへんは小さくとも一つの城の主と言えよう。
「さっそく本題に入らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
そう篝の切り出しに「……いや」と星一郎が否定の声を出して、篝を困惑させた。そんな彼女をよそに星一郎が続ける。
「悪いがこう見えて私も忙しい身。長々と語る時間がない」
「し、しかし!」
「安心してもらいたい。話は概ね聞いておる。我が社のプロデューサーが担当している仕事と、そちらの仕事がブッキングしておるとな」
「っ……その通りです。ですが順番を優先するとしたら、こちらに権利があるはずですわ」
「ふむ。ではそちらは【クオンモール】と明白な契約を交わしておったのかな?」
それを言われたらキツイのか、十羽の表情が険しく歪む。それを見て星一郎は目を細めた。
「イベントで活用されるホールの許可証は頂いております」
篝が現在提示できる手札の一つを出した。
「それはこちらとて同様だ。ただ、許可証のみでは、ホール優先権を名乗るほどの効力はあるまい」
「……確かにその通りですが、先に使用を許可され、イベントを予定されていたのはこちらです。そこへ横入りするのはマナーとしては不適切かと思いますが?」
「マナー……か。君は、本当に芸能界でのし上がる気はあるのかね?」
「どういう意味でしょうか?」
「確かに人と人との関係においてマナーは大事だろう。それこそ余計な諍いを起こさないための潤滑油でもある」
意外にまともなことを言うと思ったのか、篝だけでなく十羽もまた頷きを見せた。
「しかしながら、ことこの業界ではマナーというのは時にリスクとなる」
「リスク……?」
「君は、この業界のトップにいる者たちが、ただマナーを守り続けて、その立場を維持していると本当に思っているのかね?」
「それは……」
「馬鹿正直なほど痛い目を見る。それがこの業界だ。事実、こうして君たち弱者は、理不尽に追い詰められている、違うかな?」
「その張本人が仰いますか?」
「金、権力、コネ。それらを効率よく扱える者が、業界をのし上がっていく。実際、そうしたからこそ私は今、ここに座っているのだよ。そして、それらを持たない弱者は、必然と消えていく。そういう世界だ」
この業界に限ったことではないかもしれないが、それでも星一郎の言葉には一理あるのも確かだろう。
金さえ積めば言うことを聞く会社や人物もいる。権力に屈し、それに巻かれようと与する者だって存在するはず。どの世界も、力を持つ者が優先される場合は多い。
その中で、特にコネというのは芸能界において強力であり、今回も星一郎と【クオンモール】の上層部が繋がっているからこそ、こうした事態が起きてしまっているのだから。
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