第48話
「マナーを守れば、人として生き続けることはできるだろう。しかし、この業界で人のままのし上がるなんてことは夢のまた夢。叶わぬ理想だ」
僅かにだが、そう言葉にする星一郎の表情には、うっすら陰りが漂っていた。
「っ……恥ずかしいと思わないのですか!? これだけ大きい会社のくせに、弱者と言い張る相手を踏み躙ろうなんて!」
怒号を発したのは、十羽だ。星一郎の言い分に我慢できなかったようだ。
しかし星一郎は、まるでつまらないといった様子のまま答える。
「恥ずかしい? ……ライバルを蹴落として成り上がる世界に立つ者の言葉とは思えんな。トップアイドルとは、それ以外の弱者のすべてを踏み躙った結果、その先に辿り着いた者のことを言う」
「あたしは……あたしたちは、他事務所のアイドルたちをライバルと見ても弱者なんて見たことはないわよ! それはウチに所属する子たちも全員がそうよ!」
「クク……若いな、君は」
「何ですって?」
「この業界がどれだけ理不尽か、まだ何も知らない小娘なだけ。吠えるだけしかできぬ哀れな凡愚でしかない」
「ふ、ふっざけんじゃ――」
「落ち着きなさい、十羽ちゃん」
「!? だけど、社長!」
「ここで熱くなっても、何も進展しないわよ」
「っ…………」
篝の言葉に正しさを感じたのか、歯噛みしながらも口を噤む十羽。
「絵仏社長、部下の教育はしかと行った方が良い」
「申し訳ございませんでした。…………ただ、彼女は私の知る限り、アイドルを想い、アイドルを支えることのできる素晴らしい人物だと思っておりますわ」
そんな篝の発言に、十羽は「社長……!」とどこか嬉しそうな表情だ。対して、星一郎はやはり不満そうに鼻を鳴らしている。
「…………お互い引くつもりはないということか。ふむ……ならば今回の件、せっかくだ。こういうのはどうかな?」
どうやら星一郎から提案があるようで、篝と十羽は彼に注視する。
「イベントで行われるのはアイドルによるパフォーマンス。本来ならそこで君たちは、所属アイドルのデビューライブを披露する予定だった。そうだね?」
問いに対し、篝は「その通りですわ」と首肯した。
「そしてこちらも新人アイドルのミニライブを予定している。そこで、だ。ホール使用許可時間をちょうど半分に割り、前半と後半の二部編成にし、それぞれがライブを行うと言うのはどうだろうか?」
「それは……」
実際、【マジカルアワー】にとっては悪くない提案である。このまま力ずくで、向こうがもぎ取ろうとしてくれば、力を持たない【マジカルアワー】としては成す術もない。
それが半分の時間とはいえ、自社のアイドルたちをデビューさせてやれるのだ。大手相手に、この条件ならば最良といえよう。
「ただし、だ」
そんな中、星一郎は追加条件を出してきた。
「前半の部はこちらがもらう。それがこちらが出せる最大の妥協案だ。どうかね?」
一体何故そんな条件を出してきたのか、十羽はその真意を掴めていないようで、必死に思考を回転して答えを出そうとしていたが……。
「……分かりました。その条件で構いません」
「しゃ、社長!? 本当に飲んでいいんですか!?」
篝がすぐに返事をしたことに驚き、十羽が思わず立ち上がってしまう。
「いいのよ、十羽ちゃん。これ以上、こちらから追及すれば、より話がこじれる可能性があるわ。向こうが何を考えていようと、これは私たちにとってもチャンスなのは確かだもの。だから、ね?」
「っ……分かったわよ」
せっかく向こうが妥協してくれたのである。これに反対すれば、さらに条件が厳しくなる危険性だってある。そう考えた結果、篝は潔く受け入れることにしたのだ。
「どうやらこれで決まったようだね。では、あとは頼むぞ」
そう星一郎が言うと、傍に立つ秘書が「畏まりました」と一礼する。そのまま星一郎が椅子から立ち上がり扉の方へ向かう。
慌てて篝と十羽も立って、星一郎に向かって「ありがとうございました」と頭を下げる。しかし星一郎は反応すら返さず、部屋から出て行ってしまった。
十羽は、その態度に不満そうだったが、そのあとは今回決まったことを、整理し、秘書が用意した契約書にサインすることになったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます