第46話
すんでのところで、夕羽の心が完全に折れてしまうのを阻止することができた俺は、彼女たちと一緒に事務所に戻ると、月丘たちが温かく夕羽を出迎えてくれていた。
こういう時、仲間の存在というのは本当にありがたいと感じるものだ。
俺も、異世界で何度となく孤独を味わった。故郷には戻れず、一人ぼっちの寂しさから心折れそうな時もあった。
しかし、仲間たちがそんな俺に寄り添い支えてくれたのである。いずれ俺が元の世界に戻ると分かっていても、それでも優しい言葉を、頼もしい想いを、俺に与えてくれた。
きっと大丈夫。夕羽なら、この子たちの傍にいるなら、今度もどんな障害があろうと乗り越えることができるだろう。
仲間たちに囲まれている彼女の姿を見ると、確かに俺はそう感じることができた。
「――――ありがとね」
不意に感謝の言葉をかけてきた十羽を見ると、彼女は嬉しそうに夕羽の姿を見ていた。
「別に俺は大したことしてませんよ。ただ……相手のやり方に腹が立ったのと、感じたことをそのまま口にしただけですから」
「それが良かったんだと思うんだ」
「え?」
「あの子は、一番に信頼していた人に裏切られた上、酷い言葉をぶつけられた。何とか姫香ちゃんたちのお蔭で持ち直しはしたけど、それでもどこか人を信じることを怖がっていたもの。もしさっき、君が介入していなかったら、また心に大きな傷を負うところだった。だから……本当に感謝するわ」
俺は十羽さんの言葉を聞きながら恐縮する思いだったが、それ以上に感じていたのは彼女の強さである。
十羽さんだってまだ若い女性であり、信じていた男性に裏切られたのは事実。それにもかかわらず、こうして妹のために歯を食いしばって前を向き続けている。
きっと蔭では嘆いたことだろう。傷ついた妹と接する度に、心がすり減っていたはずだ。それでも自分が挫けたら、ともに大事な妹もまた沈んでいく。
悲しさを振り切り、苦しさを飲み込み、痛みに耐え忍びながら、こうして笑う彼女は……。
「……綺麗だ」
「え……え?」
「あなたの心は、とても強く綺麗ですね」
「……っ!? ~~~~~っ!?」
瞬間的に顔を真っ赤にさせながら、パクパクと口を動かしている。
するとそこへ――。
「……姉さん? どうかしたのかしら?」
「ひゃわっ!?」
「……? …………ひゃわ?」
そんな声を出すことなんてないのか、不思議そうな顔で夕羽が首を傾げている。
「な、なななな何でもないし! てかちょっとお腹痛いし、お手洗い行ってくるからっ!」
まさに電光石火のごとき動きでトイレがある方へと去って行った。
「姉さん……男性がここにいることに気づいていないのかしら?」
確かに腹が痛いからトイレになど、そこそこ親しい仲でも口にはしないだろう。まして仕事上の付き合いしかないのだから、今の発言は女性としては恥ずべきことかもしれない。
まあ、明らかにテンパってたみたいだけど……何で?
そもそもどうしてあれほどの戸惑いを見せていたかは謎だ。顔も真っ赤だったし、何かの病気が発症したとかじゃなければ良いが……。
「あなた、姉さんに何を言ったんですか?」
「えっと……特に問題発言はしてないと思うけど」
夕羽にそう答えるが、彼女はジト目で明らかに訝しんでいる。
「……まあ別にそれはいいです」
それ以上何も言わないので、気まずい沈黙が続く。それを何故か他の皆が息を呑んで見守っている。
いや、見守ってないで助けてほしいんですけど?
そう社長たちに願っていると、突然夕羽が頭を下げた。さすがに予想外の行動に驚愕してしまう。そんな焦る俺をよそに、彼女が口を開く。
「ありがとうございました。あなたのお蔭で、大切なものを思い出せました」
「え……あ……」
いまだ困惑気味の俺に対し、夕羽が静かに頭を上げる。
「でも、結構予想外でした」
「よ、予想外? 何が?」
「どちらかというと冷めた感じの人だと思っていたんですけど、あんなふうに熱い面もあるんですね」
「熱い? ……ああ」
それは多分原賀に対して怒りを露わにした時のことだろう。
「それに方言も出てました。……関西出身なんですか?」
驚きだ。まさかあの夕羽から、俺のプライベートについて尋ねてくるとは。
「……あの?」
「あ、そうそう! 元々は京都に住んでてな。まあ別に周りにあまり有名どころもないとこだったけどさ」
それこそ京都駅周辺とか、観光地でもある嵐山近辺のような賑わいがある場所なら自慢もできるかもしれないが、いかんせん俺が住んでいた場所は、ド田舎というわけでもなく、だからといって都会でもなく、声を張るような住居ではなかった。
バス停は近いが、駅は車で十分以上かかり、不便なのか便利なのか微妙な立ち位置だ。
「俺が中学を卒業すると同時に、親父が東京に単身赴任を受けて、ならせっかくだから家族も一緒にってことで上京してきたってわけだ」
「なるほど。でも普段は関西弁ではないんですね?」
「まあ、できるだけ標準語を使うようにしてたしなぁ。その方が、学校に早く溶け込めるって思ってな」
「けれど感情的になったら関西弁が出る、ということですか?」
「はは、気を付けてはいるんだけど、ついな」
妹の鈴音もまた、俺と同じように普段は標準語で喋るように気を付けているものの、興奮したらすぐに関西弁が出る。とはいっても、鈴音の方が出やすいみたいだが。
「でも京都ですか。一度行ってみたいですね」
微笑を浮かべる彼女を見て、ふとその柔らかな雰囲気にハッとした。
俺に対して、前のようなトゲトゲしさがなくなっていたからだ。まるで月丘たちに接するような感じ……とはいかないものの、明らかに接しやすくなっている。
するとその時、事務所に電話が入り、横森さんさんが応答したのだが、神妙な面持ちで社長の名を呼ぶと。
「――【スターキャッスル】の社長さんからです」
その言葉が陽気な雰囲気を吹き飛ばした。
一瞬、俺が向こうのプロデューサーにそこそこキツイ言い方をしたからクレームでもと思ったが、さすがにそんなことで社長は出てこないだろう……多分。
少しだけ冷や汗をかきながらも、俺含めて全員が見守っている。
しばらく社長の声だけが事務所内に響き、社長の表情もまたビジネス用の真剣モードへと変わっている。
時間にすれば僅か三分ほどに満たないやり取り。
受話器を置いて通話を終えた社長が、大きめの溜息を吐く。
「あ、あの……向こうからは何て?」
横森さんが恐る恐る問う。
社長は皆に視線を向けると、柔和な笑みを浮かべながら口を開く。
「少し前に交渉の場を設けて欲しいって【スターキャッスル】に申し出たのよぉ。その返事が今来たわぁ」
もしかして交渉自体受けるつもりはないと言ってきたのかと心配になったが……。
「向こうの社長さんも忙しい方でね。時間は明日の午後一時から二時までの一時間しか取れないらしいわぁ」
横森さんが「そ、それって……」と零すと、社長が「ええ」と首肯して続ける。
「何とか交渉できる環境は得られたみたいねぇ」
皆がその言葉にホッとするが、そこへトイレに行っていたはずの十羽が発言して注目を集める。
「安心するのはまだ早いわ。あくまでも勝負はこれから。交渉が決裂すれば元も子もないんだからね」
「そうねぇ。十羽ちゃんの言う通り、ここで引き下がるわけにはいかないわぁ。必ずあなたたちのデビューライブを成功させるつもりで挑んでくるわねぇ」
交渉自体、基本的には俺やアイドルたちにできることはない。まず初戦は社長たちを信じて任せるしかないだろう。
とはいっても、ちょっと気になることもあるしな……。
そう思い、俺は自分なりに行動することにしたのである。
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