第72話
意識を失った誘拐犯の男のポケットからスマホを取り出し、掴んでいた頭から手を離すと、そのまま男は倒れ込んだ。
俺はスマホを操作して履歴を調べる。その番号を見てスッと目を細める。
それは明らかに俺が知っている番号だったからだ。
「……はぁ。まさかここまでやるなんてなぁ」
今回のデビューライブ。【マジカルアワー】にとって何か不都合なことをしてくるとは考えてはいたが、こんな恐慌に及ぶとはさすがに予想外ではあった。
「…………原賀馬玄」
その番号は、奴のスマホで間違いなかった。何故なら以前、夕羽のスマホを通じて確認した際に覚えていたからだ。
こうしてプライベート用の番号を教えていることから、この誘拐犯とはそれなりに懇意にしていたのだろう。あくまでも金の繋がりではあろうが、何度か依頼をして信用は築いていたのかもしれない。
俺が傍にある車に視線を移すと、その下から魔力が現れ俺に還元する。
この誘拐犯が逃げた時、魔力で作った猫を追わせていた。そして車に乗り込んだ際に、車の下に潜り込んで車を僅かに持ち上げていたのだ。ここから逃がさないために。
そしてあわよくば、誘拐犯がどういう目的があって誘拐したのかを探るために。
すると誘拐犯に電話があり、その内容は魔力を通して聞かせてもらった。その声音から原賀だろうことも気づいていたが、こうして番号という証拠も握った。
本来ならこのまま警察に突き出すのが正しいのだろうが、そんなことをすればライブにも影響が出かねない。少なくともライブが終わるまでは大事にはしたくない。
「クズはどこまでいってもクズか」
異世界にもそんな連中は数多くいたが、どうやら原賀もまた救いようのない悪党のようだ。夕羽たちのこともあるからできれば穏便に解決できればと思ったが、同情の余地などこれで無くなった。
「覚悟せえや、ド悪党」
勇者として、そしてアイドルたちを守る立場にある者として、俺は原賀の粛清を決意した。
※
「――あの役立たずがっ!」
怒声とともに、原賀が自動販売機を蹴りつけていた。
私はこれから行われるライブで、最終確認のためにプロデューサーである原賀を探していたのだが、モールのトイレ付近にある自動販売機で彼を発見し、明らかにただならぬ様子に固まってしまった。
「せっかく高い金を払ってやったのに! これだからスラムの連中は!」
ここが大勢の人が行き交うモールだということを忘れているのだろうか。幸い現在、周りに人気がないから良いようなものだが、これでは私たちのライブにまで影響するかもしれない。
そう思ったので、意を決して怒りに満ちている彼へと近づく。
「プ、プロデューサー?」
「あん? ……何だ、銀堂か」
まるで敵でも見るかのような目つきに、思わず気圧されてしまう。
「え、えっと……そろそろライブの時間なので報告に……来たのですが」
「そんなことをわざわざ言いにくるんじゃない」
「え?」
「そもそも、準備は万全にしたんだ。あとはお前らが完璧にライブをこなすだけ。もう俺の仕事は終わってるんだよ」
突き放すような冷たい声音。見下すような歪んだ表情。これに私は見覚えがある。
それは私たちの事務所で、デビューで思った通りにパフォーマンスができなかったアイドルや、レッスンで彼が望むレベルに達すことができなかったアイドルたちに向けられるもの。
そうなった場合、そのまま担当から外れるか、酷い時は研究生に落とされて二度とデビューできなくされる。
いくら実力主義の世界であるアイドル業界とはいえ、あまりにも冷酷過ぎる対応だ。今はまだ失敗したとしても、次に活かして花開かせる子たちだっているはず。
それなのにただの一度の失敗で、原賀は見捨てるのである。
そんな彼のやり方に文句を言うアイドルやマネージャーたちもいるが、実際彼はそれなりに実績を残しており、また社長が直接スカウトした人物ということもあって、結果的に彼の言いなりなってしまっている。
逆らえばクビにされたり、デビューできなくなるから、全員が不満を持ちつつも我慢して彼が満足いく成果を見せ続けないといけないのだ。
「いいか? 完璧にライブをこなせ。弱小事務所の連中に見せつけてやれ。格の違いってやつをな」
そう言うと、苛立ちを隠そうともしない様子で、その場を離れて行った。
私はホッと息を吐く。
「――――――姉さん?」
不意に声が聞こえたと思ったら、トイレがある方向から私の弟――冬樹が歩いてきた。
「あ~! おねえちゃぁん!」
そんな冬樹と手を繋いでいたのは、我が銀堂家の天使である氷華だ。駆け寄ってきて腰に抱き着いてくる。
「もう、走ったら危ないでしょ」
軽く注意しながら、「えへへ~」と笑う氷華の頭を撫でる。
「姉さんも……おトイレ?」
「こーら、女の子にそんなこと聞いたらダメでしょ」
さすがにまだ十歳の子にそんなことを言ってもとは思うが、最近の、特に女子は小学生でも敏感なので一応注意を促しておく。
「あ、ごめん……」
こうして二人で自分のアイドル活動を応援しに来てくれてることが、私にとっては何よりの元気に繋がる。
ただ、少し冬樹の表情が優れないことに気づく。
「どうかしたの? もしかしてお腹痛いとか?」
「……別に大丈夫だよ。ていうか、それは男の子に聞いていいんだ」
おっと、今度は逆にやり返されてしまった。すぐに学んで実用してくるとはやるな我が弟は。
「ははは、ごめんごめん。でも……何か元気なさそうだったから。ちょっとごめんね」
そう言いながら冬樹の額に手を当てる。
「ん……熱はないみたいね」
「だから大丈夫だってば」
「そ? ならいいけど。ほーら、氷華もそろそろ離れて。お姉ちゃん、ステージで頑張ってくるからね」
「うん! おねえちゃん、がんばって!」
私は氷華を冬樹に預けると、軽く手を振って踵を返す……が、「ね、姉さん!」と冬樹が声をかけてきたので振り向いて「どうしたの?」と問う。
「その…………姉さんは…………アイドルやってて楽しい?」
思わず「へ?」と目を丸くしてしまうような質問だった。
「あ、当たり前でしょ! 好きじゃなきゃやれないわよ」
それは本当だ。まだ冬樹が生まれて間もない頃から、テレビでキラキラ輝くアイドルを見る度に興奮していた記憶がある。いつか、自分もこんなステージで歌ってみたいと。
「……ほんとに?」
それなのに冬樹が上目遣いで念押しするように尋ねてくる。
「い、一体どうしたの? もしかして誰かに何か言われたとか?」
この業界では無い話ではない。ライバルを蹴落とそうと、本人ではなくその身内に接触し、何かしら良くない影響を与えようとする。
今回の場合、私を蹴落としたい誰かが、冬樹に〝実は銀堂雪華はアイドルを嫌々やってる〟なんてことを言っていたとしたら?
素直で真面目な子なので、そのまま受け取ってしまったのかもしれない。だから不安になってこんな質問をしてきた可能性もある。
冬樹に近づいて、「まったく、心配しないの」とその頭に手を置く。
「姉さん…………でも、姉さんはいつも僕たちのために……母さんの病院代を稼ぐために……っ」
その先を言わさないように、冬樹の唇を人差し指で押さえた。
驚いている冬樹に対し、私はニコッと笑みを浮かべて答える。
「安心しなさい。私はアイドル。大好きなアイドルになれたのよ。だからステージで見せてあげる。私がどれだけアイドルを楽しでるかをね!」
ウィンクしながら告げると、氷華と冬樹の頭をそれぞれ優しく撫でてから、今度こそ振り返ることなく向かって行く。そう、私を待つ輝くステージへ。
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