第54話

 明らかに一人だけ異質なほどのオーラを放っている。他の二人もアイドルとして光るものを持っているのは分かるが、まるで銀堂雪華を引き立てるために存在しているかのようだ。それほどまでに銀堂雪華の持つ魅力が強い。


「すげえ子らだろ? 特にこの銀堂雪華ちゃん。これでアイドル活動を始めてまだ一年未満だってんだから末恐ろしいわ」


 もう纏う雰囲気はベテランアイドル並と口にする卍原だが、確かにその風格はある。


 この子たちが、今度戦うことになるライバルなのか……。


 空宮たちの頑張りを目にし、きっと対抗できるだろうと考えていた。

 大城星一郎が、トリではなく、わざわざ前半の部で自身のアイドルをぶつけてきた理由に、圧倒的な実力差を見せつけるつもりなのは分かっていたが……。


 確かにこれは、前半ですべて持っていかれてもおかしくないな。


 間違いなく後半の空宮たちは、比べられてしまうし、下手をすればそのまま期待外れと言われ客はいなくなってしまうかもしれない。


 それが狙いなら、何て質の悪い……。


 相手を徹底的に潰すつもりなら効果的だが、デビューをするアイドルに対してやり過ぎなような気もする。


「……卍原は、次の【クオンモール】でのアイドルイベントで二社のアイドルがライブを行うことは知ってるか?」

「ああ、確か《星の贈り物》で言ってたしな。前半と後半で時間を分けて使うらしいな」

「……? 星の……贈り物? 何だそれ?」

「【スターキャッスル】のアイドルたちがメインパーソナリティーを務めるラジオだよラジオ。土日限定だけど、結構人気で俺も毎回聴いてるぜ」


 聞けば、そのラジオは【スターキャッスル】のアイドルが、代わる代わるメインパーソナリティーを務めていて、つい先日、件の銀堂雪華がパーソナリティーの回があり、そこでアイドルイベントについての宣伝を行ったという。


「けどおかしいよなぁ。何で【ブルーアステル】が前半の部なんだろうな。普通人気のあるアイドルはトリなのによ」


 やはり一般の人でも、そう思うよな。まあ、星一郎の思惑なんて彼には知る由もないだろうが。


「あ、そういや後半の部でのデビューライブするって、確かお前が推しのアイドル事務所だったよな! 今思い出したぜ!」

「……らしいな。それで一つ聞きたいんだけど、いいか?」

「おう、何でも聞いてくれ」

「お前がさっき言ったように、普通は大手で人気のある事務所がトリを務めるだろ? けど今回はその逆。デビューをする娘たちがトリだ。……成功すると思うか?」


 アイドルに詳しいコイツの見解を是非とも聞いておきたかった。


「んーどういう意味での成功を期待してんだ?」

「どういう意味とは?」

「ライブの成功って、そのライブに求めてるもので成功か失敗か決めるだろ? デビューなんだから、客の目に触れることが目的なら、ステージに立てたことで成功だろ?」

「……確かに」

「他には見てくれる客のノルマを決めてるって事務所もあるだろうし、失敗せずに歌やダンスを披露できるかってのもある。まあ、デビューってのは、基本的に見てくれる客なんて数えるほどだから、【クオンモール】みてえなところでデビューできるだけで成功ともいえると思うぜ」


 彼が教えてくれたのは、ほとんどのアイドルたちのデビューなんて、客の集まりを期待はできない。何せ無名の事務所なのだ。手売りでチケットを売ったとしても、買ってくれる人は非常に少ないだろう。


 買ってくれるほとんどは、身内とか友人とかになるのが普通だとか。だから、普段から大勢で賑わっている場所でライブができるのは、デビューとしては最高に位置するという。


「なるほどな。でも気になるのは、ちゃんと客が見てくれるかってことなんだよな。ほら、最初にライブするのは大手のアイドルだろ? 実力が違うだろうし、期待外れで途中退席する連中が多いんじゃないかって」

「んーそりゃしょうがねえだろ。芸能界なんて実力主義だろうし、客だってクオリティの高いアイドルに期待する。だから予想よりも下だったら、ガッカリするのも当然じゃねえの?」


 いちいちもっともなことを言うので言い返せない。やはりアイドルに関しての分析力は高い。


「けどよ、だったら客を手放さないやり方をするしかねえと思うぜ」

「それは分かるけど、そんな簡単なもんじゃないだろ?」

「まあそれは事務所が、どんだけ頑張るかだな。アイドルたちもできることは限られてるし、彼女たちが全力を尽くすなら、事務所もできる限りをしてやれば、自ずと結果は出るんじゃねえの」

「…………」

「何でそんな怪しいもんを見るような目なんだよ?」

「いやだって……意外にもまともなことを言うから。お前、本物の卍原か?」

「失礼過ぎるだろ、てめえ! 俺はアイドルに関しては嘘も冗談も言わねえよ! ドルオタとして、真っ直ぐ、自分の言葉は曲げねえ! それが俺のアイドル道だ!」


 おっと、キメ顔が凄くキモイ……。


「ていうか、どっかで聞いたような言葉を言うなよ」


 そう軽くツッコムと、卍原は人懐っこく笑う。変な奴だが、こういう人物は好感が持てる。

 しかし彼の言葉を聞いて得心するものもあった。


 そうだよな。向こうが何を仕掛けてきようが、こっちは全力を尽くすしかないんだ。


 空宮たちは、絶対にライブで手を抜かない。それだけは絶対の真実だ。

 ならあとは事務所が、彼女たちが最大のパフォーマンスができるように場を整えるだけ。

 アイドルとして実力的には劣っているのは否めないだろうが、それでも空宮たちの魅力が負けているとは思えない。


 彼女たちのステージを見てもらえれば、それがきっと伝わるはずだ。俺はそう信じる。


「……ありがとな、卍原」

「何だよ、急に?」

「いや、お前のお蔭で変に気を張ってた自分がバカらしくなった」

「おいおい、俺たちファンは、ただただステージに立つアイドルを応援するだけだぜ。気を張るんじゃなくて、声を張って支えてやるんだよ」

「はは、違いない」


 想像以上に彼から話を聞いて得たものは大きかった。

 俺はもう一度、彼に礼を言ってから帰ることにしたのである。



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