第55話
本日は、明後日に【クオンモール】で行われるアイドルイベントの最終打ち合わせで、俺は手伝いとして十羽と一緒に、イベント責任者の小宮と顔を突き合わせていた。
設営の準備はもうできているので、あとは当日の段取りなどを確認していると、あることが気になって俺は小宮に尋ねた。
「あの、前半の部でライブをする【スターキャッスル】さんとは一緒に打ち合わせをしなくてもいいんでしょうか?」
それぞれ違う会社だとしても、同じ日に同じ舞台に立つのだから、当日の動きなどを互いに確認しておく方が良いのではと思っての質問だった。
「そのことなんですが、実は【マジカルアワー】様とご一緒に、今日最終打ち合わせをする予定だったんです。ですがその……向こうのプロデューサーさんが必要ないと言われて」
「……は?」
言葉を発したのは俺じゃなく十羽だった。明らかに不機嫌そうに怒気交じりの声だ。そのせいか、小宮が「ひっ!?」と身体ごと引いてしまっている。
「じゃあ、今まで打ち合わせは一度もしてないってことでしょうか?」
俺が話を進めるために切り出す。
「あ、い、いえ、一応電話で連絡を取ったり、向こうのマネージャーさんが尋ねてくることはありました。ですがプロデューサーさんがお顔を見せにきたのは、あの日だけで……」
あの日とは、恐らくは俺が初めて原賀と会った時のことだろう。どうやらあの日に、原賀は小宮の上司に会っていたらしい。内容は当然、今回の横入りを確定させるための話。
「フン、相変わらずね。今回のイベントの責任者は小宮さんだってのに、わざわざ小宮さんの上司と話なんて、マジでマナーなってないわ」
原賀にしてみれば、いちいち小宮に話を通すのは時間の無駄だと思っているのだろう。
実際上司に話を通せば楽ではあるだろうが、社会人としてのマナーは間違っているとしか言えない。まあ、あのクズ男らしいっちゃらしいが。
これ以上、原賀の話をすると、どんどん十羽の機嫌が下り坂を転がっていくので話題を変えよう。
「ところで小宮さん、当日の音響スタッフさんについてですが、この資料によると、前半と後半では別のスタッフさんを使うようですけど?」
【マジカルアワー】が行うイベント時には、小宮さんが手配してくれた音響機器とスタッフの力を借りることになっているのだ。しかし資料には、わざわざスタッフを別に分けているようだ。
「あ、はい。【スターキャッスル】様の要求がありまして、音響機器とスタッフはあちらで用意したものを使うと」
「スタッフだけじゃなくて、音響機器も……ですか?」
とはいっても、大規模なイベントでもないし、機器といってもタカが知れてるから配置するのも撤廃するのも時間はかからないみたいだが。
ただ、向こうがわざわざ用意するくらいだから、機器もスタッフも超一流なのだろう。
「はは……その、こちらが用意する機器やスタッフが信じられないと言われまして」
眉をピクピク動かしながら、「それもあのクズ男が?」と十羽が問う。
あ、マズイ。また話が戻ってしまった。
小宮が項垂れるように首肯すると、十羽が大きく溜息を吐いた。
「ていうか小宮さんも、そこまで言われたり、自分をすっ飛ばして上司に話を通す奴にムカつかないんですか?」
「えっと……その…………すみません」
「あたしたちに謝ってもしょうがないじゃないですか!」
「まあまあ、落ち着いて十羽さん。……小宮さん、俺たちは信じてますよ。あなたが手配してくださったスタッフさんや音響機器も。当然、小宮さん自身もです」
「大枝様……!?」
「こうしてイベントができるのも、きっと陰ながらあなたも尽力して頂けているからと考えます。俺たちは、あなたを頼って良かったと思っていますよ」
「っ…………すみません」
「はは、だから謝らなくていいですよ」
「あ、いえ…………今のはその……自分の不甲斐なさのせいで、【マジカルアワー】様にご迷惑をかけていることを、です」
そのまま感情を爆発しそうになった十羽だったが、小宮の発言により「え?」と固まった。
「本来なら、【スターキャッスル】様の横入りを許容なんてせず、予定通り【マジカルアワー】様のデビューイベントに全力を注ぐべきはずです」
まるで懺悔するかのような消え入りそうな声音を出す小宮を、俺たちは黙って見つめる。
「上に抗議を出したところで、僕みたいな下っ端の意見なんて聞き入れてもらえません。実際に何度か上と話をしたんですが、結果は……ですから本当に申し訳なくて」
そうだよな。この人だってせっかく責任者になったのだ。イベントを成功させたいし、トラブルなんて抱えたくない。
それなのに、上司と俺たち芸能事務所との板挟みになって、今回一番辛い役目を負っているのは彼なのかもしれない。
十羽を見ると、すっかり怒気は霧消し、小宮さんをジッと見ている。
「だからせめて、僕みたいな小者を頼ってくれる【マジカルアワー】様のアイドルたちが、満足できる舞台を整えようと思っています」
はは、今のを原賀が聞いてたら、怒号の一つでも飛んできそうだが、少なくとも彼の信頼はこちらに傾いていることが分かって心強い。
「……ごめんなさい、小宮さん。熱くなってしまいました」
「いえ、八ノ神さんのご怒りももっともですから。ですが、名ばかりの責任者かもしれませんが、全力でサポートさせて頂きますので。どうか今後ともよろしくお願い申し上げます」
やる気に満ちた表情を浮かべた小宮に対し、十羽もまた「はい、こちらこそ」と微笑を返す。
互いに士気が上がったところで、打ち合わせを再開した。
それから話はスムーズに進み、瞬く間に時間が過ぎていく。
打ち合わせが終わったあとは、十羽はそのまま事務所へ戻ったが、俺は叔母の家に向かう用事があったので、十羽とは別れて行動することになった。
今日は鈴音のお泊り呼び出しがあったのだ。今日は金曜日で明日が授業もないから泊りに来てほしいとのことだった。
日曜日に行われるアイドルイベントについては、すでに鈴音にも叔母にも話してあるし、どうやら見に来てくれるようだ。
今度泊まった時は、所属アイドルの子たちのことを教えてと鈴音にもせがまれていたので、ちょうど良いと思い今日泊まることにしたのだ。
ガッチリとアイドルたちの前情報を伝えて、より楽しめるようにしておこう。
そう思いながら叔母の家に向かっていると、不意に子供の泣き声が聞こえてきた。
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