第89話
八ノ神姉妹を送り届けたあとは、そのまま事務所へと車を戻していった。
事務所では、まだ横森さんが仕事をしていることは知っていたので、コンビニで軽食とスイーツを購入して差し入れとして持っていくと、目を輝かせて喜ばれた。
どうやら社長もまだ事務作業を社長室で行っているようで、同じように差し入れを持っていく。
原賀の件に関して伝えておくべきか迷ったが、自分の口から言うのは止めておいた。必要であれば十羽が説明するだろうから。
それにもうアイツは自分たちに関わることができないだろう。呪いのせいで、そう望んでも決して叶わないのだから。
これから原賀が過ごす人生の残酷さに、少しだけ同情する。あの呪いの恐ろしさは、実際にかかった者にしか理解できないのだ。
そして六道もまた、異世界にいる時にラックイーターの呪いを受けて、しばらく不運に見舞われたことがあった。
何をするにも裏目に出て、金は盗まれて一文無しになるし、新調したはずの武器が実はパチモンですぐに壊れてしまうし、また何も悪いことをしていないのに、誤解が誤解を生んで賞金首となり、賞金稼ぎたちに追われる毎日。
あの時の絶望感たるや、世界で一番自分が不幸だと思わざるを得なかった。何とか聖女に呪いを祓ってもらえて救われたものの、それまでの日々は苦痛でしかなかったのである。
そのことを思うと、原賀がこれから……いや、もう味わっているであろう絶望感に、ほんの僅かだが情けを感じてしまう。
(それでもアイツがやったことは絶対許しちゃいけないけどな)
勇者としてもそうだが、人として、そして夕羽たちの仲間として。
「そういえばぁ、今日はほんと~にありがとねぇ~」
スイーツの甘さに顔を綻ばせながら社長が言ってくる。
「六道くんがいなかったらって思うとゾッとするわぁ」
「いえいえ、俺はただあの子たちの頑張りを無駄にしたくなかっただけですから」
「…………」
ジッと嬉しそうにこちらを見てくるので、「どうかしましたか?」と尋ねた。
「ううん、ただねぇ、君を雇って良かったなぁって思ったのよぉ。ほんとーに希魅先輩には感謝感謝~」
「そう言ってもらえると嬉しいですけど、一つ気になることがあるんですよ」
「ん? なぁに?」
「今回のライブは大成功だったのは間違いないと思います。けどこれで完全に【スターキャッスル】には目をつけられたんじゃないかと」
原賀はもうこちらには手を出せないが、そもそもアイツはあくまでも会社のいち社員だ。今回のことで【スターキャッスル】を敵に回したとすると、あのやり手社長――大城星一郎が今後立ちはだかるということ。
まだまだ吹けば飛ぶほどの弱小事務所である【マジカルアワー】では、真正面からやり合ったところで結果など見えている。
「……そうよねぇ。けど、私はあの子たちならどんな障害だって乗り越えてくれるって信じてるわよぉ」
「はは、そうですね。頼りになる事務員さんと社長がいますからね」
「うん、それとぉ、ドライバーさんもね!」
そこまで信頼されているとは、少し照れ臭さを感じるが素直に嬉しい。
「あ、それとライブの打ち上げの日取りを決めたから、あとで香苗ちゃんに詳細を聞いておいてねぇ。六道くんの歓迎会も兼ねてるから、楽しみにしといて~」
そういえば忙し過ぎて歓迎会をやれていないことを申し訳ないと思ってくれていたようで、ようやくその場を用意できることになったようだ。
それから打ち上げの日取りなどを横森に聞いてから自宅へと戻った。
しかし自分の部屋の前で足が止まる。何故なら部屋に灯りがついていたからだ。
「この気配は……はぁ」
溜息交じりにドアノブを捻り中に入ると……。
「あ、おっかえり~、お兄ちゃん」
どういうわけかテレビの前で寛ぐ鈴音がそこにいた。
「お前、何でここにいるんだよ?」
「いやぁ、ほらさ、今日のこと、お兄ちゃんにいろいろ聞きたくて」
なるほど。確かに今日起こった誘拐事件について、鈴音は当事者ともいえる。こちらとしてもあれからどう始末をつけたか教えておいた方が良いと思っていた。
「あ、これこれ! 魔力を充填しといてくれる?」
そう言って《ストックリング》を手渡してきたので、「あいよ」と言いながら受け取り魔力を注ぎ込んでいく。
「にしてもよく《ストームウォール》をコントロールできたな。さてはこっそり練習してたか?」
十羽を誘拐犯たちから守るために、鈴音が行使した魔法。ストックされている三つの魔法の中で、最も扱いが難しいのが《ストームウォール》である。
制御を怠ると、風の奔流はどんどん威力を増して周囲を破壊していく。身を守る術には持ってこいだが、下手をすれば誘拐犯たちと殺していたかもしれないのだ。だから最初遠目で見た時は不安に襲われたが、実際に近くで見るとちゃんと制御できていたので驚きもあった。
「へへ~ん、定期的に魔法の練習してたしね! あ、誰もいない場所でやってたから安心してよね!」
「……練習とはいえ、あまり外では使わないでほしいが、それでも今日は鈴音のお蔭もあって、十羽さんたちを守ることができたしな。よくやったぞ、鈴音」
魔力を補充し終わった《ストックリング》を彼女に渡しながら言うと、「えへへ~」とにこやかな笑みを浮かべている。
「それでそれで? 結局あの誘拐ってどういうもんだったの?」
「ああ、あれはな――」
十羽と夕羽の幼馴染である原賀が企てたことであり、ついさっきその問題を解決してきたことを伝えた。
「――そっか。じゃあもうあの子たち大丈夫なんだね?」
「少なくとも原賀に狙われることはもうないだろうな」
奴が善行を繰り返し呪いを払拭し、それからまた姉妹を狙おうとするなら話は別だが。
「それにしてもその原賀って人も気持ちは分かるけど、もっとやり方ってものがあったと思うなぁ」
「……そうだな」
彼だって生まれついての悪人ではない。優秀過ぎる幼馴染たちと常に比べられ、何をするにも先を行かれる悔しさ、焦燥感、無力感。言うなれば環境が原賀を変質させたといえよう。
実際彼はまともに人生を歩むことができていれば、人並み以上の幸せは得られたはず。何せ聞くところ学業の成績も良かったらしいし、それなりに人望もあった。
何よりも大城星一郎にその才能を買われたことを思うと、汚いことに手を突っ込まなくても十分見返りある人生を歩めたように思う。
だからこそ、でき得るなら彼が自らの罪を認め、善の心を育むことができれば良いと。これは勇者としての細やかな願いだ。
「お兄ちゃん、お腹減ったぁ~」
今日あんな事件に巻き込まれたにもかかわらず、鈴音は本当にいつも通りである。
「はいはい。我が妹のために腕を振るいましょうかね」
そうして六道は、久々に妹と二人だけの食卓を囲ったのである。
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