第39話
十羽の気配を察知して真っ直ぐそちらへ向かうと、モールにあるエレベーターホールの前に設置されているソファベンチに、一人俯きがちに座っていた。
「――ここにいたんですね」
そう声をかけながら、俺は途中購入した缶コーヒーを「良かったらどうぞ」と手渡す。
「ありがと。……社長は?」
「今頃責任者の人と話をしてるのではないかと」
「そっか。………………聞いた?」
「……はい」
まず間違いなく、原賀との関係についてだろう。
「ふぅ……そっかぁ、聞いちゃったかぁ」
背もたれに身体を預け、そのまま十羽は天井を見上げている。だがすぐに身体を起こし、立っている俺を見上げてきた。
「何かごめんね、ビックリしちゃったでしょ?」
「いえ、十羽の反応も当然だと思いますし」
逆なら俺だって腹が立つだろう。彼女も自分一人だけが傷ついたなら、どうにか割り切ることもできたかもしれない。しかし、彼が裏切ったのは自分の仕事仲間もだ。
またその中には、大事な妹までいる。しかもその妹は、原賀を慕っていたのだ。心に受けた傷はとても大きいはず。
だからこそのあの怒りだ。その気持ちは痛いほど分かる。俺も妹を持つ身だから。
「……でも自業自得でもあるんだよね。だってアイツを連れて来たのはあたしだったんだし、さ」
なるほど。あの怒りには無力感や自己嫌悪もあったようだ。
妹が心の傷を負ってしまったのは、突き詰めていえば自分が原賀を連れてきたせいだと考えているようだ。責任感の強い彼女ゆえか。
「勘違いしちゃダメでしょ」
「……え?」
「十羽さんはみんなのためを思っての行動だったはずです。なら結果がどうあれ、あなたが罪を背負う必要はありませんよ。報いを受けるべき者はただ一人、あの男だけです」
「ろ、六道くん……」
別に引き抜き云々については仕方がないと思う。どんな世界でも、有能な者を欲して手を伸ばしてくる奴らはいるだろう。自分の生活を豊かにするため、名誉を得るため、地位向上、その他諸々のために、その手を掴むのは別に悪いわけではない。
確かに世話になっている会社を離れるのは外聞が良くないと思う人もいるかもしれないが、より高みへと望む者の選択を良しとする者だっているはずだ。
だからちゃんと筋を通して、社長や十羽たちに別の会社に移る旨を話して去っていたら、この問題はそう大きくはならなかっただろう。夕羽も複雑だろうが、もしかしたら彼の将来のためと応援することができたかもしれない。
しかし原賀は、彼女たちの気持ちなど一切考慮せずに、あろうことか情報などを流し、また自分を慕っているアイドルの仕事を潰してまで出世欲に目が眩んだ。
それは…………あまりに醜い。
少なくとも、頑張る少女たちを支えるような立場にある者がしていいことではない。
だから悪いのは絶対に十羽じゃない。それだけは彼女にも分かってほしい。
「いいですか、十羽さん。あなたがどれだけ罪を感じても、それは罪なんかじゃない。きっと社長も、横森さんも、空宮さんも、月丘さんも、そしてあなたの妹の夕羽さんだって、あなたのせいだなんて思ってない。それは今まであなたが会社のために頑張ってきた姿を見ているからだ。夕羽さんと同じくらい傷ついたはずなのに、それでも気丈に振る舞って働いていた。そんなあなたを責める人は、会社にはいないと思います」
実際に誰かが十羽を悪く言うところを見たことがない。
「だからもう俯くのは止めてください。そんなの……あなたに似合いませんよ」
「っ…………まったく、新人ドライバーのくせして」
「だったら新人に心配をさせないでください。いつもみたいにケラケラ笑いながら人をからかってる方が、ずっとあなたらしいです」
「何よそれ……もう」
少し気恥ずかしそうに眼を逸らすと、手に持っていた缶コーヒーをグイッと一気に飲み干し、そのまま勢いよく立ち上がった。
その表情には、先ほどのような陰鬱としたものは一切なく、どこか晴れ晴れしささえある。
「よし! あんな守銭奴野郎のことなんていつまでも気にしてるなんて時間の無駄よね! そうよ! ようやくあの子たちがデビューするんだから!」
うん、どうやら少しは気が晴れたようだ。
俺が「それじゃ社長が待ってるので急ぎましょう」と言い歩き出そうとしたら、十羽が「待って」と声をかけてきたので顔を向けた。
「六道くん、ありがと」
とても魅力的な笑みを浮かべながら感謝の言葉を送られた。俺も「一緒に頑張りましょう」と返し、二人でその場を離れた。
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