第40話
あれから社長がいる部屋へと戻ると、責任者の小宮と社長が顔を突き合わせて話し合っていた。当然、内容は今後のデビューライブのことである。
俺たちも話に加わったが、小宮曰く、上の意向としてはライバル会社の方を優先するべきだということ。
しかしながら、上も一方的なキャンセルに思うところがあるのか、中止ではなく延期ではどうかと言ってきたようた。
ただ……。
「まったくお話にならないわね。半年も待て? ふざけてんのかしら?」
鋭い眼差しを小宮にぶつけ、小宮はその気迫に「ひっ!?」と身を引く。
「少し落ち着こうよぉ、十羽ちゃん」
「で、でも社長、こんな提案飲むつもり? あの子たちはようやくデビューできるのよ! それが半年も待たされるなんて!」
十羽の気持ちは痛いほど分かる。アイドルたちは、デビューに向けて毎日必死に頑張ってきた。レッスンにレッスンを重ね、いつデビューしてもいいように、汗塗れになりながらもだ。
俺も前にレッスンをしている様子を見せてもらったことがあるが、ついこちらが力が入るほどに、彼女たちは全力を注いでいた。だからこそその努力が報われる日が来ることを知った時は、素直に祝福することができたのである。
それなのに、まだ半年も待たされるとなったら、あまりにも不憫だ。
「ていうか半年って何よ! せめて次のイベントに呼ぶべきでしょ!」
しかし小宮が言うには、半年先までイベントは詰まっているとのこと。実際今回のデビューライブも、随分前から予約していたらしい。
「あの子たちに…………どう伝えりゃいいってのよ……っ」
悔し気に拳を震わせる十羽。
「……あの、原賀さんの所属する会社が横入りしてきたということは、向こうもアイドルライブを行うということですか?」
俺が疑問を投げかけると、社長が「うん」と首肯して続ける。
「でも向こうは新人ライブじゃなくて、今売り出し中の子たちのミニライブということらしいわぁ」
「なるほど。では向こうと交渉するのはどうなんですか? デビューライブがどれだけ大事か向こうだって分かってるはずです。アイドルのためなら、少しくらい許容してくれるかもしれませんよ」
アイドルの事務所を持っているなら、アイドルが好きで応援しているはず。いくらライバルとはいえど、アイドルの子たちのデビューに花を添えてやりたいという気持ちはあるかも。
だが俺の提案に、社長は困ったように眉をひそめる。しかし答えたのは十羽だ。
「無駄よ。あそこ――【スターキャッスル】の社長がライバル相手に手を引くなんて考えられないわ」
「そうなんですか?」
「あそこの社長はね、成り上がるためなら何でもやるし、何でもやってきたのよ。金、権力、コネ、自分のアイドルたちの地位を向上させるためなら、他のアイドルたちを容赦なく潰してきたもの」
「潰すって……今回みたいに、ですか?」
「今回だってまだマシな方よ。その気になったらもっと酷い方法だって取るわ。それこそ、アイドルの子たち自身をどうにかする、とかね」
「そんな、それはさすがにやり過ぎじゃないですか? 実際にそういうことがあったと?」
「こーら、十羽ちゃん。いくら何でも言い過ぎよ。それは噂でしかないんだからねぇ」
社長が、不満気な顔をしている十羽を注意する。
聞けば、【スターキャッスル】と関わると、他事務所のアイドルたちは思うようなパフォーマンスができないことが多かったらしい。
大事なイベントに遅刻してしまったり、急にキャンセルが伝えられたり、今回のように横入りされたりなど、【スターキャッスル】に都合の良いことばかり起きたのだ。
中には事故に遭ったりして、ライブを欠席するアイドルが出たりもしたらしい。しかしそれも【スターキャッスル】が何かをしているという証拠は出ていない。
アイドル事務所の社長が、いくらライバル会社とはいえ、アイドルを傷つけたりするのか? そんなこと……さすがに許されないことだ。
「とにかく、あそこの社長は儲けることしか考えてないの。……だからこそ、同じ金に目が眩んだ原賀を引き抜いたんだし」
つまり金に物を言わせ、そこかしこから有能な人材を引き抜いているらしい。
そして今回も、【クオンモール】に大量の寄付金を払っているのだろうとは十羽の言。
「じゃあ交渉は無理ということですか……」
「一応こちらから持ち掛けてはみるけどねぇ。まあ……難しいのは確かよぉ」
社長も一度は話し合いをする予定ではあるようだ。
「それじゃ社長、デビューライブの話を詰めるのも、その交渉が終わってからの方が良いわけ?」
「うーん、そうねぇ。小宮さん?」
「は、はい、何でしょうか?」
相変わらず小宮さんはビクビクしている。責任者に抜擢されているとはいうものの、実際は板挟みになっている仲介人に過ぎない。まだ若いし、こんなことになって一番しんどいのは彼かもしれない。今度胃薬プレゼントしようかな。
「次のイベントがダメだったとして、どうしてもその次に入れ込むこともできませんかぁ?」
「そ、それは……はい、難しいかと……思います」
せめて次々回イベントならば、そんなにアイドルたちを待たせないから、まだ納得もできるが、さすがに半年もの間、延期させることが社長にも許容できないのだろう。
今から別の会場を探すのも手かもしれないが、アイドルイベントを受け入れてくれる会場というのも、なかなか見つけるのは難しいらしい。
それにある程度のクオリティも求めたいので、より時間がかかるようだ。
「……何とか交渉で上手く行くように頑張ってみるわぁ」
「社長、その時はあたしも連れてってよね」
「……ダメ」
「ええっ!? な、何でよ!」
「だってぇ、その場に原賀くんがいたら、きっと我慢できないでしょ?」
「うっ…………我慢できるわよ」
「ほんとに?」
「我慢できるって言ってるでしょ! あの子たちのためなんだから!」
「…………ふぅ。分かったわ。けれど、私がダメだって思ったら、途中でも退室してもらうわよぉ?」
そういうことで、交渉には社長と十羽が行くことになった。
その後は、デビューライブが決定した時に備えて、軽く当日の打ち合わせをしてから事務所へと戻った。
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