第35話

 それまで一人で抱え込んでいた過去を、家族に打ち明けた翌日。

 その日は二人が望んだということで一泊して、非常に目覚めの良い朝を迎えた。

 これも隠し事を話せたことでスッキリしたお蔭かもしれない。いや、きっとそうだろう。


 リビングに出ると、すでに鈴音は起きていて朝食の準備をしていた。どうやら叔母はまだ寝ているみたいだ。基本的に台所は鈴音が制しているので、食事関係は彼女が担当している。


 久しぶりに妹の作った朝飯を食べる。鈴音は制服姿なので、これから学校だろう。俺も今日は仕事である。

 二人でテーブルを囲んで朝食を嗜む。

 何でもないありふれた光景だが、こんなにも心が穏やかになるのは久しぶりだ。本当に鈴音たちに話して良かったと思った。

 そして今、ちょうど良いと思い、俺はあることを口にした。


「なあ、鈴音」

「なぁに?」

「兄ちゃんな、お前がここにいて欲しいって言うなら戻ってくるつもりだ」

「! …………」

「昨日、お前の気持ちも分かったしな」


 叔母もいつでも戻ってきていいと言ってくれているし、鈴音が寂しいというなら彼女の気持ちに応えてやりたい。


「……ううん、大丈夫だよ」

「え? ……いいのか?」

「うん! だっていつもお兄ちゃんが傍にいてくれるって分かったもん」

「鈴音……」

「わたしが会いたいって言ったら来てくれるでしょ?」

「もちろんだ。勇者としての力を全力で使ってでもすぐに駆けつけてやる」

「あはは、何それ! まあだから……もう安心してるし」

「……そっか」


 その表情は嘘を言っているように見えない。どこか胸のつっかえが取れたような感じである。


「あ、でもちゃんと毎日連絡してよね! それと、そっちに今度泊りに行くから準備しといて!」

「え……泊りに来るのか? 何もないぞ?」

「いいの! これからはウンっとワガママ言うつもりだから!」

「はは……お手柔らかに頼むぞ」


 そう言うと、鈴音は楽しそうに舌をべーっと出す。


「それじゃわたしはそろそろ学校行くね! お兄ちゃんも、お仕事頑張って!」

「あいよ。気を付けて行ってきな」

「ハーイ、行ってきまーす!」


 カバンを持った彼女は、足早に玄関へと向かって行った。


 俺はまだ時間に余裕があるので、朝食後のコーヒータイムを堪能していると、ようやく叔母が姿を見せた。


 ヨレヨレのTシャツと短パンというラフ過ぎる恰好であり、髪もボサボサという、せっかくキッチリしたら美女の枠なのに、何ていうか見ていられないほどの無防備な姿である。


「はよぉ~ん、六ちゃぁん。ふわぁ~」

「……はぁ。叔母さん、せめて着替えてから出てきなよ」

「何よぉ、別に家族なんだからいいじゃなぁい。あ、私もコーヒーもらっていい?」


 俺は彼女のためにコーヒーを淹れてやった。


「ふあぁぁぁぁ……やっぱ朝はコーヒーからよねぇ」

「空きっ腹の胃には悪いと思うけどな。朝食は鈴音が用意しててくれてるぞ。食べるだろ?」

「食べりゅぅ~」


 ラップが貼られた料理をレンジで温め直すと、叔母の前に用意してやった。


「俺もそろそろ仕事へ行くから、後片付けは自分で頼むぞ」

「え、もうそんな時間なの? アイドルの子たちって学校行ってるんでしょ?」 

「もちろん迎えに行くのは彼女たちの授業が終わったあとだよ。けど雑用とかもしてるしな」

「なるほどねぇ……あ、このスクランブルエッグ美味しい~」


 俺は外へ行く準備をすると、最後に叔母に「お邪魔しました」と声をかけた。すると「ちょい待ちなさいな」と言われたので立ち止まる。


「六ちゃん、あなたはこの家の住人なの。そうでしょ?」

「……! あー悪い。えっと……じゃあまた帰ってくるわ」

「うん、行ってらっしゃい」

「ああ、行ってきます」


 お互いに笑顔で応じ、俺はそのまま温かい気分に抱かれながら玄関の扉を開いた。




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